【海外の反応】教皇ピウス9世「負けても戦う!」→数十人死亡→降伏、1870年ローマ陥落の意地

今日知った雑学

1870年、イタリア軍がローマに攻め込んだとき、教皇ピウス9世が「戦え」と命じて数十人が死んだって知ってた? 当時のローマは1000年近く教皇領の都で、イタリア統一運動の最後の障害だったんだよな。普仏戦争でフランス軍が引き上げて後ろ盾も消えてたのに、教皇は降伏を断ったんよ。今回のr/todayilearnedスレは、これをただの意地とみるか、計算ずくの演出とみるかで盛り上がってたわ。

📌 元スレッド情報

サブレディット: r/todayilearned

言語: 🇺🇸 英語

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寛大な条件だって? これ投稿したの、ヴィットーリオ・エマヌエーレ本人か?

タイトルの受動態っぷりが最高だわ。まるで死者が出た責任は教皇にあって、統一戦争で主体的に動いたのは教皇だけだった、みたいな書き方になってる。

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Generous terms? Did 
Victor Emmanuel post this? 

I love the passive voice of the title makes its sound like the Pope was responsible for  the deaths, as if the Pope was the only person with agency in the unification wars. 

✍️ 管理人: ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は統一イタリア初代の国王で、このローマ侵攻の当事者なんよ。攻めてきた側が「寛大な条件を出したのに」って言うのは、強盗が「財布だけで勘弁してやるって言ったのに」って言うようなもんで、そりゃツッコまれるわな。TILタイトルって事実だけ並べても、主語の置き方ひとつで印象が全然変わるんだよな。Redditだと「このタイトル、どっち側の視点で書いてる?」ってツッコミは定番ネタなんだわ。日本のニュース見出しでも似たこと結構あるし、ワイも見出しだけで判断しないようにしてる。

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「ピウス9世は、イタリアによる接収が自ら進んで受け入れたものではなく、武力によって成し遂げられたのだとはっきり示せるだけの抵抗を自軍が行った後にのみ、ローマ市を明け渡すことにした。」

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“Pius IX decided that the surrender of the city would only be granted after his troops had put up enough resistance, to make it plain that the Italian takeover was achieved through force and not freely accepted.”

✍️ 管理人: この引用が今回のスレの核心なんよ。つまり勝てると思ってたんじゃなくて、「無理やり奪われた」という記録を残すための戦いだったってことやな。日本だと1868年の江戸城無血開城が有名で、あっちは話し合いで城を渡したから流れが真逆なんだわ。ただ、記録のために数十人が死んだと思うと笑えない部分もある。ちなみに実際の戦闘は9月20日の朝から数時間で、城壁に開いた穴(ポルタ・ピア)から突入されて終わったらしい。個人的には、これは頑固というより、かなり計算された政治パフォーマンスだと思う。

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イタリアは教皇領に侵攻しており、その「寛大な」条件というのも、教皇庁が千年近く統治してきた領土を併合したうえで、教皇庁をイタリア国家の属国にするようなものでした。

形だけでも抵抗したのは、イタリアによる併合を正当化させないためです。そうすることで、国王は「歓迎されて入城した」とは主張できず、ローマを武力で奪取した事実を認めざるを得なくなりました。

教皇庁はその後、数十年にわたってイタリアによる併合を承認せず、最終的に1929年のラテラノ条約によってようやく現状を受け入れました。この条約により、現在のバチカン市国が成立し、教皇庁はイタリアからの完全な独立を確保しました(ただし、領土は当初イタリア王国から提示されていたものよりも小さくなりました)。

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Italy was invading the Papal States and their "generous" terms would have made the Papacy a vassal of the Italian State while annexing land the Papacy had ruled for the better part of a millennium.

Putting up a token resistance was done so as not to legitimise the Italian annexation. That way the king could not say they were welcomed in, and would have to acknowledge that Rome was taken by force of arms.

The Papacy ultimately refused to recognize the Italian annexations for decades, only finally acknowledging the status quo in 1929 through the Lateran Treaties, which creates the modern state of Vatican City and secured complete Papal independence from Italy (at the cost of less territory than was initially offered by the Kingdom of Italy).

✍️ 管理人: もっと評価されるべき解説コメントやな。イタリア側は1871年に「保障法」を作って、教皇に特権や年金を出すと提案したんだけど、ピウス9世は受け取りを拒否して、自分を「バチカンの囚人」と呼んで外に出なくなったんよ。この対立は「ローマ問題」と呼ばれて、解決まで約60年かかったってのがヤバい。今のバチカン市国は約0.44平方キロで、東京ディズニーランド(約0.51平方キロ)より小さいと思うと、1929年の結末は皮肉だわ。ワイの感覚だと、日本の歴史でここまで長い意地の張り合いは思い当たらんな。

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>何の支えもない

おいおい、神って聞いたことないのか?

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>lack of any support

My guy have you ever heard of God?

✍️ 管理人: ぐう正論…と言いたいところだけど、結果的に神様は援軍をよこさなかったわけで草。実際に頼りにしてたフランスのナポレオン3世は、1870年の普仏戦争で負けて、ローマに置いてた守備隊を引き上げちゃったんよ。教皇からすれば、地上の同盟国より天の味方の方が信用できたのかもしれんけどな。日本でも「神風が吹く」って発想は戦時中にあったわけで、信仰と軍事を結びつけるとろくなことにならんのは、どこの国でも共通かもしれん。ただ、ピウス9世本人は降伏した後に「バチカンに籠城」を選んだあたり、最後まで信仰は曲げなかったんやな。

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あのタイトルは、ローマ教皇自らが軍隊全員を相手に戦ったって意味だと勝手に解釈することにした。つまり、数十人の死者は全員イタリア軍側で、教皇が聖なる無双をかました結果ってことだなw

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I choose to read that title as the Pope himself fighting against the entire army. Which means the several dozen deaths were all on the Italian side from the Pope kicking some holy ass

✍️ 管理人: 教皇さまが法衣のまま突撃して無双する絵面、想像したら普通に笑った。実際は教皇本人は戦場に出てなくて、守っていたのは主にスイス衛兵じゃなくて「教皇ズアーヴ兵」って呼ばれる義勇兵部隊だったらしいんよ。しかもフランスやオランダなど各国のカトリック信者が志願して集まってたのが、豆知識的に面白いところやな。日本のなろう系で「教皇が一人で軍隊を殲滅する」とか普通にありそうで、ワイ的には需要あると思う。ちなみに死者は双方合わせて数十人規模で、イタリア側の方が多かったとされてるから、ある意味この冗談は半分当たりなんだわ。

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いかにも「ピウス(敬虔)」らしい行いだね。【訳注: “Pius”と“pious(敬虔な)”をかけたダジャレ】

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Seems like the Pius thing to do

✍️ 管理人: ピウスの名前が「敬虔な」を意味するラテン語のpiusから来てるのを使ったダジャレやな。教皇名って意味を持つものが多くて、こういうネタは海外のスレだと毎回のように出てくる定番なんよ。ピウス9世はちなみに在位が31年を超えて、歴代でも屈指の長さなんだけど、そのせいでこの事件の時代の「顔」になってしまったとも言える。日本語だと「聖人」と「性人」くらいの言葉遊びになるのかもしれんけど、あんまり上手く伝わらんな。ダジャレは翻訳に弱いんだわ。

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教皇は、攻撃を命じた将校は破門すると宣言すれば、ローマを守れると考えていた。そこでイタリア軍はユダヤ人の一兵卒を見つけ、その場で昇進させて攻撃命令を出させた。

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the pope believe he could protect rome by declaring any officer who ordered the attack would be excommunicated. the Italian army found a Jewish Private and promoted him on the spot so he could give the order to attack.

✍️ 管理人: これは完全にジョークとして読むのがいいと思う。破門対策で非カトリックを将校にするって発想のオチが効いてて、ラストにぴったりだわ。ただ、カトリックの破門は洗礼を受けた信者にしか効かないって点を突いてるのは、確かにうまい皮肉なんよ。日本で似た話を探すなら、トンチ話の一休さんの「屏風の虎を捕まえてみろ」みたいな屁理屈返しに近い気がする。ワイ的には、歴史ネタのスレはこういう「あったかもしれない話」で締まるのが一番おいしいと思うわ。

💭 管理人の感想

今回のスレをまとめると、ピウス9世は勝つために戦ったんじゃなく、「ローマは自分から差し出したものじゃなく、武力で奪われたんだ」という記録を残すために戦ったって話やった。結果として数十人が亡くなったのは重い事実だし、「意地っ張り」と笑うだけで済ませるのは違うとワイは思う。一方で、この抵抗があったから、教皇庁は併合を長年認めず、最終的に1929年のラテラノ条約で自分たちの主権を確保できたとも言えるんよ。日本だと1868年の江戸城無血開城みたいに、戦わずに渡した例が有名だから、余計に対照的に見えるんだわ。ただ、バチカン市国は今や約0.44平方キロしかなくて、東京ディズニーランドより小さい国になってる。そう考えると、「領土は失ったけど、象徴としての権威は残した」という結末は、ある意味でしたたかな交渉だったのかもしれん。コメント欄でも、タイトルの書き方に文句を言う人と、歴史的な背景を解説する人が自然に役割分担してたのが面白かったわ。似たような「負けると分かっていてもあえて戦う」って話は、他のスレでもよく出てくる定番テーマなんよね。みんなはこの教皇の判断を、意地と見るか、戦略と見るか、どっちだと思う? 自分が同じ立場だったらどうするか、ぜひコメントで教えてほしいわ。

📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜

“My guy, have you ever heard of …?”

🔊 読み方: マイ ガイ、ハヴ ユー エヴァー ハード オブ …?

🇯🇵 意味: 「おいおい、〜って知らないの?」と、当然の前提を見落としている相手に皮肉っぽくツッコむ言い方。

💡 相手が明らかな事実や常識を無視した発言をしたときに、軽くからかいながら指摘する場面で使う。例:「Lack of support? My guy, have you ever heard of Google?」(支援がない?いやいや、Google知らないの?)

🌍 他の言語では?

🇩🇪 ドイツ語: Alter, hast du schon mal von … gehört?(アルター、ハスト ドゥ ショーン マール フォン … ゲヘーアト?)

→ 「Alter」は親しい相手への呼びかけで、皮肉っぽいツッコミにもそのまま使える。

🇫🇷 フランス語: Mec, t'as déjà entendu parler de … ?(メック、タ デジャ アンタンデュ パルレ ドゥ … ?)

→ 「Mec」は友達同士のくだけた呼びかけで、「t'as」と縮めるのが日常会話らしい。

🇰🇷 韓国語: 야, … 들어는 봤냐?(ヤ、… トゥロヌン バンニャ?)

→ 「들어는 봤냐」の「는」が「聞いたことくらいはあるのか?」という皮肉を出す。親しい友人同士向けのくだけた言い方。

🇪🇸 スペイン語: Tío, ¿has oído hablar de …?(ティオ、アス オイード アブラール デ … ?)

→ 「Tío」はスペインの口語の呼びかけ。中南米では「hermano」や「bro」「man」などに替えると自然。


※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned

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