おまえら、マフィアの世界にも「人材管理の失敗」ってあるの知ってた?1987年にアメリカで実際に起きた事件なんだけど、マフィアのボスが弁護士を消すために殺し屋を雇ったら、そいつらが間違えてターゲットの父親を殺しちゃったんよ。で、口封じのために別の殺し屋を雇って最初のチームを始末させて、さらにその2番目のチームも自分で始末したっていう。もうね、殺し屋の殺し屋の殺し屋っていう入れ子構造がヤバすぎるんだわ。Redditの「今日知ったこと(TIL)」スレで話題になってたから紹介するで。
というわけで殺し屋たちが労働組合を結成したわけですよ。ドキュメンタリー映画『ジョン・ウィック』でその様子が見れます。
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And this is why hitmen formed a union, as seen in the documentary John Wick.
✍️ 管理人: ジョン・ウィックを「ドキュメンタリー」って言うセンス好きすぎるwww 実際あの映画の裏社会の殺し屋システム、ホテルとかコインとか独自経済圏まであるの、今回の話聞くとあながちフィクションじゃない気がしてくるんだよな。ちなみにジョン・ウィックシリーズは全4作で世界興行収入10億ドル超えてて、キアヌ・リーブスの代表作になったんよ。日本だと殺し屋映画って『ゴルゴ13』とか『殺し屋1』のイメージだけど、アメリカだとマフィア実話ベースの作品が山ほどあるから、こういうジョークがすぐ出てくるんだろうな。
第二の暗殺チームを誰が始末したんだ?で、そいつらもその後に始末されたのか??この謎、どこまで深掘りしても底なしだったんだ??
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Who killed the second hit team? Were they then killed?? How far does this rabbit hole go?
✍️ 管理人: マトリョーシカかよって話なんだわ。「殺し屋を消した奴を消した奴は誰が消すの?」っていう哲学的問いが生まれてて草。ちなみにこの事件の主犯カカーチェは最終的にFBIに捕まって、2004年に懲役20年の判決を受けてるんよ。日本のヤクザ映画でも口封じの連鎖ってよくあるけど、実際にここまでの入れ子になったケースは珍しいらしい。個人的には3層目くらいで「もう自分でやった方が早くね?」って気づいてほしかったわ。
歴史上、「カルミネ」って名前のギャングじゃない人って一人でもいたんか??🤔
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Was there ever a person alive named Carmine who _wasn't_ a gangster??
✍️ 管理人: これマジでそれなんよwww カルミネ・ペルシコ、カルミネ・ガランテ、カルミネ・ファティコ…マフィア界のカルミネ率やばすぎる。「カルミネ」ってイタリア語で「歌」とか「詩」って意味の名前なんだけど、全然詩的じゃない人生送ってる奴ばっかりで草。日本だと「〇〇組の〇〇」みたいに組の名前が先に来るけど、アメリカンマフィアは「五大ファミリー」っていう血縁ベースの組織構造なんよな。だからイタリア系の名前が多くなるっていう。ちなみにこのペルシコが率いてたのはコロンボ・ファミリーで、ニューヨーク五大ファミリーの中では一番小さかったらしい。
マフィアのネタでめっちゃ笑うんだけど、Wikipediaそのものがめっちゃマメに更新されてるところよ笑
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Mafia lore is so funny because they keep the wikis up to date
✍️ 管理人: これガチで面白いポイントなんよ。英語版Wikipediaのマフィア関連記事って異常に充実してて、誰が誰を殺したかの系図まで詳細に書いてあるんだわ。日本語版Wikiのヤクザ記事と比べると情報量が段違い。Redditでは「Wikiのマフィア記事を編集してるのは誰なんだ…まさかマフィア本人じゃ…」ってネタが定番で、実際FBIの公開資料がソースになってることが多いらしい。個人的にはWikipediaのマフィア記事沼にハマると3時間くらい余裕で溶けるから注意な。
ガイ・リッチーの映画みたいだなw
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Sounds like a Guy Ritchie movie.
✍️ 管理人: わかる。『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』とか『スナッチ』の世界観そのまんまだわ。ガイ・リッチー映画って犯罪者たちの計画がどんどんグダグダになっていく様子をコメディタッチで描くのが特徴なんよな。日本だと北野武の『アウトレイジ』が近いかもしれんけど、あっちはもっとシリアスで「全員悪人」って感じ。ガイ・リッチーの方は「全員バカ」って感じで、今回の実話はまさにそっち寄りだわwww
まさにドラマ『バリー』って感じだな
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Sounds like the show Barry
✍️ 管理人: 『バリー』知らない人に説明すると、ビル・ヘイダー主演のHBOドラマで、殺し屋が俳優を目指すっていうブラックコメディなんよ。殺しの依頼がどんどんこじれていく展開がまさに今回の話とそっくり。日本だとこの手のブラックコメディって『闇金ウシジマくん』とか『カイジ』みたいにシリアス寄りになりがちだけど、アメリカはコメディに振り切れるのが文化の違いだなーと思う。ちなみに『バリー』はエミー賞も受賞してて海外での評価めちゃくちゃ高いから、未見の人はマジでおすすめ。
結構な割に合わない仕事だよな、これ?
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Bit of a thankless task isn't it?
✍️ 管理人: ほんとそれ。殺し屋のリスクリターン比がバグってるんだわ。当時のマフィアの殺しの報酬って数千ドル〜数万ドルくらいだったらしいんだけど、日本円にすると当時のレートで100万〜500万円くらい。で、失敗したら依頼主に消されるわけだから、コンビニバイトの方がよっぽど安全なんよな。日本のヤクザの場合は「鉄砲玉」って言って若い衆が組のために身体張るシステムだけど、アメリカンマフィアは外注が多かったらしい。この外注文化が今回みたいなカオスを生んだんだろうな。
忘れないでおこう:嫌がってる人間なら脅してやらせることはできる。でも、無能な人間を脅して「上手く」やらせることはできないんだ。
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Let it be a reminder: You can threaten an unwilling person into doing something, but you can't threaten an incompetent person into doing something *well*.
✍️ 管理人: ぐう正論きたわ。これ普通にビジネス書に載せていいレベルの名言だろ。「恐怖でマネジメントしても品質は上がらない」って、現代の経営学でも言われてることなんよな。日本の企業でもパワハラで部下を動かそうとして大失敗するケースあるけど、マフィア版がまさにこれ。ちなみにこの事件の元凶ペルシコは獄中からリモートで指示出してたわけで、「リモートワークの管理職あるある」としても読めるの草。直接現場見れないから品質管理できないっていう。
捜査官たちはさらに、カカーチェが容疑者として浮上しながらも起訴されていない5件目の殺人事件——警察官ラルフ・ドルスの殺害——についても捜査を強化している。この非番の警官は1997年に自宅付近でマフィア式に処刑された。で、ドルスは死亡当時、カカーチェの元妻と結婚してて、その元妻はさらにその前にマフィアの部下の未亡人だったっていう。
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"Detectives are also pressing their investigation into a fifth murder where Cacace has been a suspect, but never been charged – the slaying of cop Ralph Dols.
The off-duty cop was ambushed in his car and executed mob-style outside his Sheepshead Bay home in 1997.
In an odd twist, at the time of his death Dols was married to Cacace’s ex-wife, Kim Kennaugh, who was also Eddie Carini’s widow."
✍️ 管理人: ちょっと待って、情報量が渋滞してるんだが??カカーチェの元妻が、別のマフィアの未亡人で、さらに警官と再婚して、その警官も殺されるって…昼ドラどころの騒ぎじゃないわ。日本だと「極妻(ごくつま)」シリーズっていうヤクザの妻を描いた映画があるけど、このキム・ケノーって女性のリアル人生の方がよっぽどドラマチックなんよ。マフィアの世界では「ファミリーの女性には手を出さない」って暗黙のルールがあったはずなんだけど、元妻の再婚相手を消すのはアリなのかよって話。個人的にはこのキム・ケノーさんの半生だけで映画1本撮れると思うわ。
💭 管理人の感想
いやー、今回の話はマジで「事実は小説より奇なり」の極致だったわ。殺し屋を雇う→失敗→口封じに殺し屋を雇う→そいつも消すっていう無限ループ、もはやコントの脚本なんよ。カカーチェって結局6人以上殺してるわけで、最初から自分でやってれば被害者1人で済んだかもしれないのに、アウトソーシングしたせいで大惨事になったっていう。日本のヤクザ社会でも「トカゲの尻尾切り」はよくあるけど、ここまで連鎖的に口封じした例はなかなか聞かないよな。アメリカンマフィアは1980年代にFBIのRICO法(組織犯罪対策法)で壊滅的な打撃を受けてて、この事件もその混乱期に起きてるんよ。ボスが獄中からリモートで指揮してる時点で組織としてもう終わってるんだけど、末端が無能だとこういうカオスが生まれるんだなと。Redditのコメントでも映画やドラマに例える人が多かったけど、実際にこの手のマフィア実話がハリウッド映画の元ネタになってること多いからな。「無能を脅しても有能にはならない」っていうコメントが個人的に一番刺さったわ。マフィアに限らず、恐怖で人を管理する組織は結局こうなるんだろうな。みんなはこの話聞いてどう思った?「自分でやれよ」って思った?それとも「ボスの命令だから仕方ない」って思った?コメントで教えてくれよな。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“How far does this rabbit hole go?”
🔊 読み方: ハウ ファー ダズ ディス ラビットホール ゴー?
🇯🇵 意味: この問題(謎)はどこまで深いんだ?
💡 次々と新事実や裏事情が出てきて、事態の複雑さに驚いたときに使う。例えば、会社の不正を調べていたら関係者が芋づる式に出てきたときなどに。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Wie tief geht das Ganze noch? (ヴィー ティーフ ゲート ダス ガンツェ ノッホ?)
→ 直訳は「これ全体はまだどれだけ深いのか」で、底知れない状況への驚きを表す口語表現。
🇫🇷 フランス語: On n'est pas au bout de nos surprises. (オン ネ パ オ ブー ドゥ ノ シュルプリーズ)
→ 「驚きの終わりにはまだ達していない」という意味で、次々と新事実が出てくる場面で使う定番フレーズ。
🇰🇷 韓国語: 도대체 얼마나 더 깊은 거야? (トデチェ オルマナ ド キプン ゴヤ?)
→ 「一体どれだけ深いんだ?」という呆れ混じりの驚きを表すカジュアルな表現。
🇪🇸 スペイン語: ¿Hasta dónde llega esto? (アスタ ドンデ ジェガ エスト?)
→ 「これはどこまで続くんだ?」という意味で、スキャンダルや陰謀の深さに驚く場面で自然に使われる。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


コメント
はい論破。これ「自分でやれよ」で片付けるのは雑すぎる。問題は実行役の多重委託で情報漏洩と誤爆リスクが指数的に増える構造だろ。論理的に考えて、恐怖で統制した組織はミスの報告が上がらず、隠蔽のための追加犯罪が連鎖する。因果関係としては「無能」より「管理モデルの破綻」が本質だな。
これ、関係者筋の昔話で似たの聞いたけど、恐怖で回してる組織って末端がミスった瞬間に「証拠消しのための証拠消し」が始まるんだよな。マジな話、ボスが有能でも現場がビビりだとこうなる。映画みたいだけど、裏社会ほど人事で自爆するって業界じゃわりと常識。
これ、裏で「失敗そのものが連鎖を生む構造」ができあがってたんじゃない? 最初の誤射で終わる話が、口封じを重ねるたびに証拠も共犯者も増えていく。偶然にしてはタイミングが良すぎるし、恐怖で回す組織ほど自分の秘密に飲み込まれるってことかも。点と点をつなげると、最後に崩れたのは作戦じゃなく支配の仕組みそのものに見えるんだよね。
Desde una perspectiva europea, lo más interesante de esta historia no es solo su absurdo casi cinematográfico, sino lo que revela sobre las organizaciones basadas en el miedo. Cuando una estructura criminal necesita encadenar un asesinato tras otro para tapar sus propios errores, ya no estamos ante “eficacia mafiosa”, sino ante una cadena de incompetencia y paranoia. En Europa hemos visto fenómenos parecidos en investigaciones sobre crimen organizado en Italia o los Balcanes: cuanto más opaca y violenta es la jerarquía, más probable es que los fallos se multipliquen y acaben dejando aún más rastros.
Lo que los medios japoneses no están contando es que este tipo de episodios también se entiende en el contexto de la presión policial de los años ochenta en Estados Unidos. Cuando el cerco judicial aprieta, las mafias no siempre reaccionan con disciplina; a veces reaccionan con caos. Y ese caos produce errores grotescos, víctimas colaterales y una espiral autodestructiva.
Más que una anécdota morbosa, este caso ilustra algo muy humano: gobernar por terror puede imponer obediencia momentánea, pero rara vez produce competencia, lealtad real o control duradero.
Ce récit est presque absurde par sa mécanique, mais il montre quelque chose de très sérieux sur le fonctionnement des organisations fondées sur la peur. Il est important de noter que chaque tentative de “corriger” l’erreur précédente a en réalité élargi la catastrophe. Pour mieux comprendre ce phénomène, il faut distinguer l’autorité réelle de l’autorité violente : la première organise, la seconde ne fait que contraindre à court terme. En tant qu’enseignante, je dirais que cette histoire illustre parfaitement qu’un système où personne n’ose dire la vérité produit fatalement des décisions de plus en plus irrationnelles. On croit protéger le chef, mais on détruit toute capacité de jugement autour de lui. Le plus frappant, ce n’est donc pas seulement la cruauté, mais l’enchaînement logique de l’incompétence et du secret. À un certain point, la question n’est plus “qui exécute l’ordre ?”, mais “comment un tel système peut-il encore prétendre se contrôler lui-même ?” C’est précisément ce qui rend ce fait divers à la fois grotesque et profondément instructif.
From a sociological perspective, what is striking here is not only the violence itself but the organisational logic behind it. This reads almost like an extreme case study in what happens when a hierarchy relies on fear, secrecy, and disposable intermediaries instead of trust or competence. Each attempt to “solve” the previous failure simply generates another layer of risk, which is why the story feels absurd as well as horrifying. Research on similar phenomena in the UK suggests that institutions governed primarily by coercion often become less efficient, not more, because information is distorted and everyone is incentivised to protect themselves rather than the system as a whole.
What’s particularly interesting here is the structural dimension: the boss is trying to maintain authority from prison, yet distance seems to produce more confusion, more delegation, and more lethal improvisation. In that sense, this is not just a story about individual criminality, but about the instability of command when an organisation has no legitimate basis for obedience. As an outsider studying Japanese society, I would be cautious about making simple comparisons with yakuza narratives, but the broader pattern feels familiar: once “face-saving” and damage control become the priority, escalation can become almost automatic. The dark irony is that a system built to project control ends up revealing its own fragility.