おまいら、ビル・コスビーって知ってるよな?アメリカの国民的コメディアンで「コスビー・ショー」っていう超有名シットコムで一世を風靡した人物なんだけど、実はこの人の一人息子エニス・コスビーが1997年にめちゃくちゃ悲惨な事件で亡くなってるんよ。しかもパンクしたタイヤを路肩で交換してる最中に強盗に撃たれるっていう、あまりにも理不尽な死に方だったんだわ。当時はアメリカ中が大騒ぎになったこの事件、Redditの「今日知った」板でも改めて話題になってたから紹介するで。
これ、起きた当時はかなりデカいニュースだったの覚えてるわ。オーストラリアのこっちですら話題になってたし。
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I remember this being rather large news when it happened, even here in Australia.
✍️ 管理人: オーストラリアにまで届くってどんだけだよって話。日本で言うたら長嶋茂雄の息子が事件に巻き込まれたくらいのインパクトだったんやろな。ちなみにビル・コスビーは当時のアメリカでは「理想のお父さん」として国民的人気を誇ってて、その息子が殺されたとなればそりゃ世界中がザワつくわ。1997年ってダイアナ妃の事故もあった年で、セレブの悲劇が立て続けに起きた年として記憶されてるらしい。
なんかマイケル・ジョーダンの親父を思い出すわ。車で寝てるところを撃たれたんだよな。
意味もなく2人が殺されたってこと。
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Kinda reminds of Michael Jordan's father. Shot whilst he was sleeping in his car.
Two people killed without purpose.
✍️ 管理人: マイケル・ジョーダンの父ジェームズ・ジョーダンも1993年に高速道路の路肩で仮眠中に射殺されてるんよな。しかも犯人は10代の少年2人。エニスの事件も犯人はウクライナ移民の18歳で、どっちも若い奴の衝動的な犯行なのがやりきれんわ。日本だとこういう「路上での無差別的な殺人」って比較的少ないけど、アメリカでは銃があるぶん「たまたまそこにいた」だけで命を落とすケースがガチで多い。有名人の家族ですらこれだからな…。
子どもの頃、失読症だった自分にとって、エニスと彼のお父さんはちょっとしたヒーローみたいな存在だった。エニスが亡くなったときは本当に悲しかったけど、お父さんは彼の名を冠した財団を立ち上げて、失読症の学生たちのための活動をそのまま引き継いでくれた。
だから、コスビーの一件が表に出たときは、マジで打ちのめされた。通勤途中、エニスが殺された場所の前を毎日通ってたから、そのたびに彼とご家族のためにちょっと祈ってたよ。しまいには、彼を偲んで野良の子猫にエニスって名前までつけた。
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As a kid with Dyslexia, Ennis and his dad were kind of heroes of mine. When he died it was so sad, but his dad started a foundation in his memory and continued his fight for Dyslexic students. I was devastated when the whole Cosby debacle came out. I used to drive by the spot where Ennis was killed every day on my way to work and say a little prayer for him and his family. I even named a stray kitten Ennis in his honor.
✍️ 管理人: これは感情が忙しすぎるやつ…。エニス自身も失読症を克服して大学院で学習障害の研究をしてた人で、亡くなったときは博士号取得を目指してる最中だったんよな。で、その功績を称えてビル・コスビーが「ハロー・フレンド・エニス・ウィリアム・コスビー財団」を設立したわけだけど、その後コスビー本人が60人以上の女性への性的暴行で告発されるっていう…。日本でも尊敬してた有名人が不祥事起こしたときの「裏切られた感」ってあるけど、この人の場合は息子の思い出まで複雑になるからキツさが段違いやわ。猫にエニスって名付けるの、なんか泣けるな。
彼の経歴をちゃんと調べて、人生で何を成し遂げようとしていたのかを見ると、余計にやるせなくなる。
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When you read up on his biography and see what he was trying to accomplish in life, it makes it even more sad.
✍️ 管理人: ほんまこれ。エニスはコロンビア大学の大学院で特別支援教育を専攻してて、将来は学習障害を持つ子どもたちの教師になることを目指してたんよ。享年27歳。これからって時にこんな形で命を奪われるとか理不尽すぎるやろ。日本だと「将来有望な若者が事件の被害者になる」系のニュースは必ずワイドショーで経歴紹介されるけど、それと同じ感覚やな。ただコスビー家の場合、父親が大富豪だったからこそ「身代金目的か?」とか色々憶測が飛んだらしいけど、結局ただの場当たり的な強盗だったのが余計に虚しい。
これが起きたとき、テオ・ハクスタブルが死んだのかと思った。子どもの頃の自分には、あれが本当の息子じゃないって理解できなかった草
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When this happened, I thought Theo Huxtable died. Young me couldn’t understand that wasn’t his real son
✍️ 管理人: テオ・ハクスタブルってのは「コスビー・ショー」でコスビーの息子役を演じたキャラクターのことな。実際にエニスがテオのモデルだったとも言われてて、番組内でテオが失読症と診断されるエピソードはエニスの実体験が元になってるんよ。子どもからしたらドラマの息子と本当の息子の区別がつかんのも無理ないわ。日本で言うたら、ホームドラマに出てた子役が亡くなったニュースを聞いて「えっあのドラマの子が!?」ってなる感覚に近いかもしれん。フィクションと現実の境界が曖昧な時代のエピソードやな。
この件がニュースで連日取り上げられてた頃の記憶が一気によみがえってきた……本当に悲しかった。
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Cue the flood of memories of this being all over the news, it was so sad.
✍️ 管理人: 90年代のアメリカって「テレビの向こうのお父さん」がリアルで息子を失うっていう衝撃がどれだけデカかったか、日本にいると想像しにくいかもしれん。コスビー・ショーは1984年から1992年まで8年間放送されて、最盛期は毎週6000万人が見てたモンスター番組なんよ。日本で言えば「サザエさん」の波平が現実で息子を亡くしたくらいの衝撃度って言えばわかるやろか。当時のアメリカ人にとってコスビー一家はそれくらい「身近な家族」だったわけで、そりゃ国中が泣くわな。
💭 管理人の感想
いやー、今回のスレはマジで重かった。ビル・コスビーの息子エニスが27歳の若さでタイヤ交換中に撃たれて亡くなるとか、あまりにも理不尽すぎるやろ。しかもエニス自身が失読症を克服して教育者を目指してた有望な青年だったってのが余計にやるせない。コメント欄でも「当時の衝撃を覚えてる」って声が多くて、90年代のアメリカにとってこの事件がどれだけ大きかったかが伝わってくるわ。日本だと著名人の家族が犯罪被害に遭う事件って市橋達也事件のリンゼイ・ホーカーさんとかが思い浮かぶけど、あっちは銃社会だからスケールが違うんよな。あと個人的に考えさせられたのが、コスビーの性的暴行事件が発覚した後、この息子の悲劇をどう受け止めればいいのかっていう問題。「息子は素晴らしい人だった、でも父親は…」っていう複雑さは、日本の芸能界の不祥事でも似たような構図があるよな。ちなみに犯人のマルカディアン・ミハイルは終身刑を受けて現在も服役中。みんなは有名人の家族が巻き込まれた事件で印象に残ってるやつある?
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“Cue the flood of memories”
🔊 読み方: キュー・ザ・フラッド・オブ・メモリーズ
🇯🇵 意味: (何かをきっかけに)思い出が一気にどっと押し寄せてくる
💡 昔の曲を聴いたり、古い写真を見たりして懐かしい記憶が一気に蘇るときに使う。例:昔住んでいた街を久しぶりに訪れて「Cue the flood of memories…」とつぶやく場面。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Da kommen alle Erinnerungen hoch (ダ・コメン・アレ・エアインネルンゲン・ホッホ)
→ 直訳は「そこで全ての思い出が上がってくる」で、感慨深く振り返るときにごく自然に使われる表現。
🇫🇷 フランス語: Ça fait remonter tous les souvenirs (サ・フェ・ルモンテ・トゥ・レ・スヴニール)
→ 「思い出が全部よみがえってくる」の意味で、懐かしさに浸るときにフランス人が日常的に使う表現。
🇰🇷 韓国語: 추억이 막 밀려오네 (チュオギ・マク・ミルリョオネ)
→ 「思い出がどっと押し寄せてくるね」という意味で、감성的(感性的)な場面でよく使われるカジュアルな独り言表現。
🇪🇸 スペイン語: Me vienen todos los recuerdos de golpe (メ・ビエネン・トドス・ロス・レクエルドス・デ・ゴルペ)
→ 「思い出が一気にどっと来る」の意味で、de golpe(突然)が記憶の洪水感を自然に表現している。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


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