万有引力の法則を発見して、微積分を生み出して、光学の基礎を築いた天才アイザック・ニュートン。そんな人類史上最高の頭脳を持つ男が、若い頃に「自分がやらかした罪」を几帳面にリストアップしてたって知ってた?その内容が「妹を殴った」「母ちゃんにイラついた」「両親の家を燃やすと脅した」とかいう、もはやただの問題児で草。Redditの r/todayilearned でこのネタが盛り上がってたから紹介するわ。
こいつの脳みそ…独特すぎるだろ草
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Dude's brain was… unique
✍️ 管理人: ニュートンって実際マジで変人エピソードの宝庫なんよな。錬金術にガチでハマってたり、聖書の暗号を解読しようとしたり、科学者というより「全方位にぶっ飛んだ天才」って感じ。日本だと天才=真面目なイメージ強いけど、海外だと「天才はだいたいヤバい奴」っていう認識がわりと普通なんだよな。個人的にはこういう人間味あるエピソード知ると逆に親近感湧くわ。
若きニュートン:「お母さんもお父さんも大っ嫌い!家を燃やして下に落としてやる!」
お母さんとお父さん:「おい、『下』ってなんだよ?」
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Young Newton: "I hate you Mum and Dad! I'm going to burn your house down!"
Mum and Dad: "the fuck is *down*?"
✍️ 管理人: 万有引力ジョークきたwww ニュートンが「下」の概念を発見する前だから「下って何?」っていうメタなボケなんよな。Redditではニュートンネタ=重力ジョークが鉄板で、リンゴが頭に落ちる系のネタも定番。日本だと科学者ジョークってあんまり流行らんけど、英語圏だとこういう知的ユーモアがめちゃくちゃウケるんだわ。ちなみにニュートンの実家はイングランドのウールスソープ荘園で、実際に現存してるから燃やされなくてよかったな。
まだまだ甘いなw
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Amateur shit
✍️ 管理人: 最多得票がこれなの草。「俺の罪リストの方がヤバい」みたいなノリなんだろうけど、Redditってこういう一言コメントが一番伸びるんよな。日本の5chでも「それくらい誰でもやるだろ」的なレスが伸びるし、洋の東西を問わず「あるあるネタ」は強い。ただ冷静に考えると、17世紀にこれをわざわざ書き残すニュートンの几帳面さがやっぱり異常なんだわ。
彼は自分の行動の重さを理解していた。
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He understood the gravity of his actions.
✍️ 管理人: 真面目なコメントに見せかけて、これ「重さ=gravity(重力)」のダブルミーニングなんよな。gravityには「重大さ」と「重力」の両方の意味があるから、ニュートンネタとして完璧。日本語だと「重さ」でギリギリ伝わるけど、英語の方がキレイにハマるタイプのジョーク。こういう知的なダジャレがさらっと高評価取るのがRedditっぽいわ。ちなみにニュートン自身はユーモアのセンスほぼゼロだったらしく、生涯で笑ったのは数回だけという説もある。
自分の行動を振り返る手段ってこと?
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As a means of reflecting on his behaviour?
✍️ 管理人: これ実際その通りで、ニュートンは敬虔なキリスト教徒だったから「告解」の一環として罪リストを書いてたんよな。当時のピューリタン文化では、自分の罪を書き出して神の前で悔い改めるのが普通だった。日本だと年末の「今年の反省」くらいの感覚かもしれんけど、宗教的な意味合いが全然違う。個人的には、内省できる天才だからこそ偉大な発見ができたんだろうなと思うわ。
誰だって一度は妹をぶん殴ったことあるよな
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We’ve all punched our sisters
✍️ 管理人: 兄弟姉妹ゲンカあるあるで共感集めてるの草。日本でもきょうだい喧嘩は日常茶飯事だけど、海外だと「sibling rivalry(きょうだい間の競争・喧嘩)」って心理学用語があるくらい一般的な概念なんよ。ただニュートンの場合は異母妹で、しかも3歳から母親と離れて祖母に育てられてるから、家庭環境がそもそも複雑だったんだわ。天才の闇深エピソードの背景にはこういう事情もあるんやな。
今、ニール・スティーヴンソンの『バロック・サイクル』を読んでるんだけど、本編と同じくらいの量のWikipediaも読んでる。だって「さすがにこの部分はフィクションだろ」って毎回思うのに、いや違うの。あの時代マジでヤバすぎて、全員発狂してたんだよ。
特にアイザック・ニュートン。
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I'm reading Neal Stephenson's Baroque Cycle right now and I've probably read as much Wikipedia as I have in the books just because I keep thinking "ok *this* part has to be fake" but nope, it was a wild ass time and everyone was insane.
Especially Isaac Newton.
✍️ 管理人: 『バロック・サイクル』はニュートンやライプニッツが実名で登場する歴史SF小説で、全3巻合計3000ページ超えの超大作なんよ。17世紀〜18世紀のヨーロッパって、ペスト・大火・宗教戦争・科学革命が同時進行してた時代だから、「フィクションかと思ったら史実」ってなるのはガチ。日本だと戦国時代の逸話で同じ感覚になるよな。「信長が相撲大会開いた」とか「秀吉が金の茶室作った」とか、嘘みたいなホントの話多すぎるし。ニュートンも造幣局長官として偽金作り犯を追い詰めてた時期があって、もう人生が小説なんよ。
💭 管理人の感想
ニュートンの罪リスト、天才の人間臭さが全開で最高だったわ。万有引力を発見した男が「妹殴った」「家燃やすぞ」とか書いてるの、ギャップがエグすぎる。日本だと偉人伝って美談ばっかりになりがちだけど、海外だと「偉大な人物ほど人間的な欠点がある」って普通に語られるんよな。実際、日本の教科書でもニュートンは「リンゴが落ちるのを見た人」くらいの扱いだけど、錬金術にハマってたとか、ライバルのフックやライプニッツとドロドロの争いしてたとか、そういう話はほぼ出てこない。コメント欄の重力ジョークも含めて、Redditらしい知的で笑えるスレだったわ。ちなみにニュートンのこの罪リストは1662年頃、19歳の時に書かれたもので、ケンブリッジ大学入学直後のノートに残ってたらしい。天才も思春期は荒れるんだなって、なんかちょっと安心するよな。みんなも若い頃のやらかしリスト作ったら何個くらい出てくる?
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“this part has to be fake”
🔊 読み方: ディス パート ハズ トゥ ビー フェイク
🇯🇵 意味: この部分は嘘に決まってる(信じられないほど驚いた時のツッコミ)
💡 本を読んだり、誰かの話を聞いていて「これは作り話でしょ」と思うほど信じがたい内容に出くわした時に使う。例:友人のぶっ飛んだ武勇伝を聞いて「OK, this part has to be fake」と突っ込む場面。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Das kann doch nicht echt sein (ダス カン ドッホ ニヒト エヒト ザイン)
→ 「doch」が入ることで「まさか本当じゃないよね」という呆れ混じりのニュアンスが加わる。
🇫🇷 フランス語: C'est pas possible, ça (セ パ ポシーブル サ)
→ 文末の「ça」が口語的な強調で、教科書的な「Ce n'est pas possible」より日常会話らしい響き。
🇰🇷 韓国語: 이게 실화야? (イゲ シルファヤ?)
→ 韓国のネットスラング的にも定着した表現で、驚きと疑いを同時に伝えるニュアンス。
🇪🇸 スペイン語: Esto tiene que ser mentira (エスト ティエネ ケ セル メンティーラ)
→ 「mentira(嘘)」を使うことで「盛ってるでしょ」という軽いツッコミのトーンになる。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


コメント
【関連】補足しておくと、この「罪リスト」は1662年のケンブリッジ時代に書かれたもので、オックスフォード大のNewton Projectも若きニュートンの一次資料として紹介している。ちなみにケンブリッジ大は関連手稿群がユネスコ「世界の記憶」に登録されたと案内しており、逸話だけでなく史料面でも裏付けがある話。
えっ待って〜、万有引力のニュートンがこんな人間くさい罪リスト残してるの、ギャップえぐくて逆に泣ける…🥺 天才でも若い頃はぐちゃぐちゃなのわかりみ深いし、ちょっと救われるよねそれな…
Lo interesante de este episodio no es simplemente que Newton “también era humano”, sino cómo las sociedades construyen retrospectivamente la santidad de sus genios. Si analizamos este fenómeno desde una perspectiva histórica, vemos que la modernidad necesitó convertir a ciertos científicos en figuras casi puras, racionales y elevadas, borrando sus zonas oscuras para que funcionaran como símbolos de progreso. Pero ese “listado de pecados” devuelve a Newton a su condición real: un joven atravesado por impulsos, violencia, culpa religiosa y disciplina moral, es decir, por las tensiones de su tiempo.
Lo que revela este caso es una tensión estructural entre genialidad intelectual y formación emocional. No porque una cosa cause la otra de manera mecánica, sino porque tendemos a imaginar que el talento extraordinario viene acompañado de superioridad ética, cuando en realidad son planos distintos. En Argentina vivimos algo análogo cuando se discute a grandes figuras políticas, literarias o científicas: apenas aparece una miseria humana, muchos sienten que toda la obra queda invalidada, y otros reaccionan queriendo negar el defecto. Ambas respuestas son infantiles.
Más bien, estos documentos sirven para pensar que el conocimiento humano fue construido por personas brillantes, sí, pero también contradictorias, obsesivas y a veces moralmente perturbadoras. Entender eso no achica a Newton; lo vuelve históricamente más verdadero.
엄마 입장에서 보면 천재도 어릴 땐 미숙하고 흔들릴 수 있다는 점이 오히려 더 와닿아요. 아이들 미래를 생각하면 잘못을 돌아보고 적어보는 힘이 참 중요하네요.
Aus technischer Sicht betrachtet ist an dieser „Sündenliste“ weniger der Skandal interessant als die Dokumentation. Ein 19-Jähriger führt bereits ein präzises Fehlermanagement über eigenes Verhalten. Das ist historisch aufschlussreich, weil es zeigt, dass Newtons späterer intellektueller Stil – Beobachtung, Kategorisierung, Selbstkontrolle – nicht aus dem Nichts kam. Die Daten zeigen eindeutig, dass außergewöhnliche kognitive Leistung und menschliche Unreife gleichzeitig existieren können. Das ist kein Widerspruch, sondern statistisch eher erwartbar. Wer komplex denkt, ist moralisch nicht automatisch stabil.
Interessant ist auch, dass solche Notizen heute vermutlich als privates Krisendokument gelesen würden, damals aber stärker religiös codiert waren. In Deutschland würden wir das anders angehen, nämlich weniger als Entzauberung eines Genies und mehr als Hinweis darauf, wie unvollständig jede Heldenbiografie ist. Entscheidend ist nicht, dass Newton problematische Impulse hatte, sondern dass diese Quellen eine realistischere Rekonstruktion seiner Persönlichkeit erlauben. Genau dadurch wird seine wissenschaftliche Leistung nicht kleiner, sondern historisch glaubwürdiger.