「シュレーディンガーの猫」って量子力学の説明で必ず出てくる超有名な思考実験やん?実はあれ、本人は重ね合わせ理論を支持するんじゃなくて「こんなのおかしいやろ!」ってバカにするために作ったってマジ?ワイも最初知った時ファーwwってなったわ。科学史あるあるの皮肉な話なんやけど、結局本人の意図とは真逆に世界中で『量子論の名物例え』として定着しちゃったの草なんよ。
つまり彼は成功したと同時に失敗したってこと?
原文を見る
So he simultaneously succeeded and failed?
✍️ 管理人: これ完全にシュレーディンガー自身が重ね合わせ状態で草。トップコメがこのウィット効いた一言なのRedditらしいわ。日本だと「成功とは言えないし失敗とも言えない」みたいな曖昧な表現になりがちやけど、英語圏はこういう論理的な皮肉ジョークがガチで上手いんよな。ちなみにシュレーディンガー本人が1935年にこの思考実験を発表した時、まさか100年近く経ってもネット民にイジられ続けるとは思ってなかったやろなぁ。
同じように、フレッド・ホイル卿もその考えをバカにするために「ビッグバン」という言葉を作ったんだよね。彼は「定常宇宙論」の支持者だった。でも結局、ビッグバンのほうが勝った。
原文を見る
Similarly Sir Fred Hoyle coined the term “the Big Bang” to mock the idea. He was a proponent of the Steady State Theory.” But the Big Bang won out in the end.
✍️ 管理人: ファーwwwこれもガチで有名な話やわ。ホイルが1949年にBBCのラジオ番組で皮肉混じりに「ビッグバン」って言ったのが定着した経緯。日本でも「ゆとり世代」とか最初は揶揄だったのに普通に世代呼称になったパターンに似てるかも。皮肉や蔑称が定着して中立用語になる現象、社会学的にも面白いんよな。個人的には「印象派」も最初は批判用語だったの好き。
シュレーディンガーの猫を説明する俺:
猫は量子的なゆらぎの状態にあって、箱を開けて波動関数を収束させるまでは、生きていると同時に死んでいるんだ。
「は!?そんなの意味わかんないだろ!」
わかる。シュレーディンガーもそう思ってた。
原文を見る
Me explaining Schrödinger's Cat:
The cat is in a state of quantum flux and is both dead and alive until you open the box and collapse the waveform.
*What! That's nonesense!*
I know. Schrödinger thought so, too.
✍️ 管理人: これぐう有能なオチで草。実はシュレーディンガーが「こんな馬鹿げた話」って意図で出したのに、説明された人が「意味わからん」ってリアクションするのが本来の正しい反応なんよな。日本だと量子力学=なんかカッコイイ謎理論みたいなイメージで使われがちやけど、本場でもよくわからん扱いされてるの面白い。ちなみにアインシュタインも量子論には最後まで懐疑的で「神はサイコロを振らない」って名言残してるんよ。
中に猫がいたんだとしたら、もう死んでるって言っていいと思う。
原文を見る
I think it’s safe to say that if there was a cat in there, it is dead now.
✍️ 管理人: それなwww思考実験とはいえ猫を箱に入れる時点でアウトやろ。動物愛護団体ガチギレ案件。日本だと「シュレーディンガーの猫」って言葉だけ独り歩きしてて、実際の実験設定(毒ガス瓶+放射性物質)を知らん人多いんよな。ちなみに本物の猫実験ではなく純粋な思考実験なので安心してほしい。ワイは猫飼いとしてこのコメに全面同意やわ。
ずっと疑問なんだけど、猫だって観測者じゃないの?
原文を見る
The question I've always had: isn't the cat an observer?
✍️ 管理人: これぐう正論で実は物理学者の間でも長年議論されてる論点なんよ。「意識を持つ存在は観測者か」「観測の定義は何か」問題ね。日本人だと「猫だって生き物やし観測してるやろ」って直感的に思うけど、物理学的には『観測=量子系との相互作用』という定義なので猫の意識は関係ないらしい。個人的にはこういう素朴な疑問のほうが本質突いてる気がするわ。Redditでもこの手の質問は定期的に話題になる定番ネタ。
「ビッグバン理論」って言葉も、もともとはそれをバカにするために作られたんだけど、あまりに使い勝手が良すぎて、そのまま定着しちゃったんだよね。
(最初うっかり Bug Bang Theory って打っちゃって、もう最悪な絵面しか浮かばない)
原文を見る
The term *Big Bang Theory* was also coined to mock it, but the term was too handy so we are stuck with it.
(I originally typed Bug Bang Theory which is just all kinds of awful mental images)
✍️ 管理人: Bug Bang Theoryで草。虫が爆発する宇宙とか想像してもうたわ。タイポネタを自分でツッコむスタイル、英語圏ネット民の鉄板やね。ちなみに「ビッグバン・セオリー」っていう人気アメドラもあって、日本でもファン多いんよ。あのドラマで量子力学に興味持った人も多いらしいけど、本場でもこんなノリで語られてるの親しみ湧くわ。
あれは背理法だったんだよ。彼が言いたかったのは、「これマジで意味わかんねえ、絶対なんか見落としてるだろ」ってこと。
原文を見る
It was a *Reductio ad absurdum*. His point was to show THIS SHIT DOESN'T MAKE SENSE WE MUST BE MISSING SOMETHING
✍️ 管理人: ぐう正論。背理法(reductio ad absurdum)ってラテン語由来の論理学用語で、「ある仮定から馬鹿げた結論が出るなら、その仮定は間違ってる」って証明方法やね。日本の高校数学でも√2が無理数の証明とかで習うやつ。シュレーディンガーは数学的にちゃんとした手法で量子論を批判したかったわけで、それが「猫で例えたら可愛いやん」みたいなノリで広まったの皮肉すぎる。
その思考実験のポイントって、量子の世界では何かを観測するには必然的にそれと相互作用する必要がある(つまり箱を開けるってこと)し、その結果、観測しようとしていたもの自体を必然的に変えてしまう、って説明することだとずっと思ってた。
原文を見る
I always thought the point of the thought experiment was to explain that in the quantum world, to observe something you inherently need to interact with it (aka open the box) and as a result inherently change whatever it is your were trying to observe.
✍️ 管理人: これ「観測者効果」と混同されがちな話やね。実際は別概念やけど、ハイゼンベルクの不確定性原理ともごっちゃになりがち。日本の科学解説本でも結構雑に説明されてること多いんよな。個人的にはこの手の量子論ネタ、ちゃんと理解しようとすると数学的素養が必要で、雰囲気で語ってる人(ワイ含む)が9割やと思うわ。シュレーディンガーが「お前らわかってないやろ」って怒ったの今ならわかる気がする。
💭 管理人の感想
今回はシュレーディンガーの猫が実は本人の意図と真逆に広まった話やったけど、これマジで科学史あるあるなんよな。フレッド・ホイルの「ビッグバン」とか、印象派の絵画とか、皮肉や批判で生まれた言葉が定着するパターンは結構ある。日本だと「ゆとり世代」「草食系男子」みたいに本来揶揄だった言葉が普通に使われるようになる現象に近いかも。シュレーディンガーが1935年にこの思考実験を発表してから約90年、ネットミーム化して世界中で愛されてるの、本人も墓の中で「だから違うって言ってるやろ!」って叫んでそう。量子力学って結局現代物理学者でも完全には理解できてない部分があって、アインシュタインですら最後まで疑ってたくらいなんよな。みんなは「シュレーディンガーの猫」って言葉、どんなイメージで使ってた?ワイは正直「重ね合わせ=かっこいい謎理論」くらいのノリで使ってたわw
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“It's safe to say”
🔊 読み方: イッツ セイフ トゥ セイ
🇯🇵 意味: ~と言って間違いない/断言してもいいだろう
💡 確信のある意見を控えめに、しかし自信を持って述べる時に使う定番フレーズ。例えば「It's safe to say he's not coming.(彼はもう来ないと言っていいだろうね)」のように、状況証拠から結論を述べる場面で便利。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Man kann mit Sicherheit sagen (マン カン ミット ジッヒャーハイト ザーゲン)
→ 「確信を持って言える」というニュアンスで、英語の表現とほぼ同じ感覚で日常会話に使える。
🇫🇷 フランス語: On peut dire sans se tromper (オン プ ディール サン ス トロンペ)
→ 「間違いなく言える」という意味で、軽い確信を示す時にネイティブが自然に使う表現。
🇰🇷 韓国語: 이렇게 말해도 무방하다 (イロケ マレド ムバンハダ)
→ 「こう言っても差し支えない」というニュアンスで、控えめながら確信を持った意見を述べる場面で使う。
🇪🇸 スペイン語: Se puede decir sin miedo a equivocarse (セ プエデ デシール シン ミエド ア エキボカルセ)
→ 「間違える心配なく言える」という意味で、自分の見解に自信がある時に使う口語的な表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


コメント