南北戦争でいの一番に「俺ら抜けるわ」をやらかしたのがサウスカロライナ州。で、北軍のシャーマン将軍が攻めてきた時、兵士たちが「あいつらが戦争始めたんだろ」って燃えに燃えて報復したって話なんよ。ただこの写真、実は「報復で焼けた」わけじゃなくて1861年の大火災が原因らしくて、コメント欄が歴史ガチ勢の訂正で盛り上がってて草。
知っとくといいんだが、これ厳密には「カロライナ方面作戦」な。本物の「海への進軍」はジョージア州の話(アトランタ→サバンナ、1864年11〜12月)。その直後にサウスカロライナ作戦が始まって、シャーマンは州境を越える前に「全軍がサウスカロライナに復讐したいって飽くなき欲望に燃えてる」って書いてる。州都コロンビアは1865年2月17日に焼け落ちた。原因はいまだに議論あり(南軍の綿花火災説、北軍の事故説、酔っぱらい兵士説など)。でも破壊が徹底的すぎて、サウスカロライナ経済は80年後の第二次大戦期の工業化までガチで回復しなかった。
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Worth knowing this is technically the Carolinas Campaign — the actual "March to the Sea" was Georgia (Atlanta to Savannah, Nov–Dec 1864). The SC phase came right after, and Sherman literally wrote "the whole army is burning with an insatiable desire to wreak vengeance upon South Carolina" before they crossed the border. Columbia, the state capital, burned to the ground on Feb 17, 1865 — cause still debated (Confederate cotton fires, Union accidents, drunk troops) but the destruction was so total SC's economy didn't really recover until the WWII industrial buildup eighty years later.
✍️ 管理人: いきなり訂正コメントが最上位で草。でも超有能だわ。日本でいうと「鳥羽伏見の戦い」と「会津戦争」を混同してるようなもんで、ファンからしたら見過ごせないやつなんやろな。ちなみにコロンビアの火災、研究者の間でも今だに決着ついてなくて、シャーマン自身は「南軍が逃げる時に綿花に火つけたのが風で広がった」って主張してる。経済が80年回復しなかったってのがエグくて、戦争の傷ってこんなに長引くんやなって考えさせられるわ。
投稿の写真、「復讐」とは何の関係もないぞ。チャールストンが南北戦争でボコボコにされたのは間違いない。1861年から海上封鎖されてたし、1863〜1865年の再占領まで2年近く砲撃による包囲も受けてた。***でも……***写真中央に写ってる建物、その名もまさに「Circular Congregational Church(円形組合教会)」だ。ここに写ってる市街地は再占領後にシャーマンが破壊したんじゃなく、1861年12月の大火で焼けたもの。当時この街は完全に分離独立派の支配下だった。「大規模な復讐」なんてなかった(略奪は多少あったけど)。廃墟になったのは戦争中の火災と砲撃のせい。
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The picture in the post has nothing to do with 'revenge'. Charleston was battered by the Civil War, no question. The city was subject to a naval blockade beginning in 1861, and there was a nearly-two-year-long artillery siege of the city between 1863 and its recapture in 1865.
\*\*\*But…\*\*\*the building in the center of the frame is the aptly-named [Circular Congregational Church](https://en.wikipedia.org/wiki/Circular_Congregational_Church). The part of the city shown wasn't destroyed by Sherman and the Union Army after its recapture, but by a major fire in December 1861 that took place while the city was firmly under the control of the secessionists.
There was no "wholesale revenge" (though there was some looting). The city lay in ruins because of fire and bombardment *during* the war.
(minor edit: date typo)
✍️ 管理人: ぐう正論。タイトル詐欺を冷静に解体してて有能だわ。日本のまとめでも「この写真○○の時のじゃないですよ」って指摘が伸びるあるあるやな。皮肉なのが、その大火災が起きた1861年12月時点でチャールストンはバリバリの分離独立派の本拠地だったってこと。原因が自分とこの火事でも「北軍にやられた」って語り継がれるのは、敗者の歴史認識ってそういうもんなんかもな。ちなみにこの教会、今も再建されて現存してるらしい。
どうやらシャーマンはノースカロライナには手加減したらしい。シャーマンとリンカーンは「ノースカロライナはサウスカロライナとバージニアが脱退したせいで仕方なく引きずり込まれた」と考えてたから。実際ノースカロライナ州内では、合衆国に残るために武器を取る覚悟の住民による内輪の小競り合いも起きてた。とはいえ公平に言うと、当時のノースカロライナにはそもそも焼き払うようなもんが大してなかったんだけどな。海岸が航行しにくくて交易が弱かったから。
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Apparently Sherman took it easy on NC because he and Lincoln felt NC’s hand was forced when SC and VA seceded, plus NC had its own internal civil skirmishes with citizens willing to take up arms to stay in the union.
Although, to be fair, NC didn’t really have a lot to burn down anyway at that point in history, given its weak trade because of the unnavigable nature of its coast.
✍️ 管理人: 「お前は被害者枠な」って将軍に認定されるかどうかで街の運命が変わるの、なかなかシビアだわ。日本だと戊辰戦争で「奥羽越列藩同盟」に入っちゃった藩でも、新政府への態度で戦後の石高ガッツリ削られたとこと割と無事だったとこで差があったの思い出すな。あと「焼くほどのもんがなかった」ってオチが地味に効いてて草。ノースカロライナは当時「東のリップ・ヴァン・ウィンクル州(眠れる州)」なんて揶揄されてたくらい開発が遅れてたんよ。
北軍の砲兵隊がチャールストンを砲撃したのは事実だけど、1861年には南北戦争と無関係な大規模火災があったし、1865年には南軍が街を放棄する時に自分で火を放ってる。
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While Union artillery did bombard Charleston, there was a widespread fire in 1861 unrelated to the Civil War and Confederates set fires in 1865 as they abandoned the city.
✍️ 管理人: 結局チャールストン、いろんな理由で何回も燃えてて草も生えない。自軍が撤退時に火をつける「焦土作戦」自体は古今東西よくある話で、ナポレオン戦争のモスクワ大火が有名なやつやな。日本だと…まあ城を枕に自焼するパターンか。「敵にやられた」のと「自分で焼いた」のがごっちゃになって伝わるのは、誰だって自分のせいにしたくないからやろね。
本垢でシャーマンネタ投稿?すばらしいw
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Shermanposting on main? Spledid
✍️ 管理人: 海外掲示板だと「South」がらみの歴史ネタはサブ垢(捨て垢)でこっそり投稿しがち、ってのが定番なんよ。それくらい今でもアメリカで南北戦争の話題はセンシティブで、コメント欄が荒れる。「本名晒して言うとはやるなw」っていうこの軽口、わかる人にはわかるネタなんやな。日本でいうと…まあ実名で関ヶ原の東西どっちが正しかったか論じるみたいなもんか、ちょっと違うか。
シャーマンの自伝は、文章のうまさと戦争の一次証言としての価値の両面で、グラントの自伝に次ぐものだと思う。どっちもガチで読む価値あり。個人的に一番面白かったのは、彼の軍が行軍中、ジョージアの人々が何度も兵士に近づいてきて「南部はもう負けた」と認めたうえで「戦争が終わる前にサウスカロライナをできるだけ徹底的に叩いてくれ」と猛烈に頼んでたこと。つまり*他の南部人たち*もまた、戦争を始めさせられた過ちをサウスカロライナのせいだと思ってたわけ。次に読むならコリン・ウッダードの『American Nations』がいい。サウスカロライナが文化的にカリブ海、特にバルバドスの奴隷主の価値観を引き継いでたって話を掘ってる。今の州民が悪いって話じゃないけど、1860年に権力握ってた連中はマジでクソ野郎どもで、報いを受けて当然だった。今アトランタに住んでる生粋の南部人として言ってる。
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Sherman’s Autobiography is second only to Grant’s in terms of both writing and a first hand account of the war. Both are very worth reading though.
The most interesting thing in Sherman’s account to me was how many different times Georgians approached Sherman’s troops during their march, acknowledged the South had lost, and just vehemently asked Sherman to be sure to hit South Carolina as hard as he could before the war was over.
In other words *other Southerners* also blamed South Carolina for the war and the mistakes they had been led to make in starting it.
A great follow up book would be American Nations by Colin Woodard, which explores how South Carolina in particular culturally drew from the slave lords of the Caribbean and Barbados in particular in how they regarded themselves and the world. Not to say South Carolinians of today are bad people at all. But the ones in charge in 1860 were some real pieces of shit and they fully had it coming. I say that as a native Southerner who currently lives in Atlanta.
✍️ 管理人: オチが効いてるわ。「敵だけじゃなく身内からも『あいつらシバいといて』って言われてた州」、もうサンドバッグやんけ…。グラント将軍の回顧録、実は死期を悟った本人がマーク・トウェインのとこから出版して、遺族のために印税稼いだっていう泣ける逸話があるんよ。日本だと勝海舟の『氷川清話』とかが幕末当事者の語りとして近いポジかな。バルバドス由来の奴隷制プランテーション文化って指摘はガチで、サウスカロライナの初期入植者って実際カリブの砂糖農園主の次男坊とかが多かったらしい。歴史の因果って深いわ。
💭 管理人の感想
今回は「最初に脱退した州=戦犯」みたいな空気が、当時の北軍にも、なんなら他の南部州にもあったって話やったな。ただ肝心の投稿写真は報復で焼けたわけじゃなく1861年の大火が原因で、コメント欄の歴史ガチ勢が次々訂正してくれてて、結果的にすげー勉強になるスレになってた。州都コロンビアは実際に灰になって、経済が80年回復しなかったってのは事実っぽいから、報復自体がなかったわけじゃない。日本でいうと戊辰戦争の会津みたいなもんで、「最初に旗を振った/最後まで抵抗した」立場が戦後どんだけ重く扱われたか、っていう構図はどこの国でもあるんやなって。面白いのは、敗者側が「あいつらのせいで巻き込まれた」って内ゲバ的に語る構造で、これ太平洋戦争後の日本でも「軍部が悪い」「あの省庁が」みたいな責任のなすり合いがあったのと重なる。歴史の語り方って、結局「誰のせいにしたいか」で形が変わるんよな。みんなは自分の住んでる地域に「あの戦のせいで未だに○○」みたいな話、ある?コメントで教えてくれ。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“took it easy on”
🔊 読み方: トゥック・イット・イージー・オン
🇯🇵 意味: (人に対して)手加減した、厳しくしなかった
💡 誰かを叱る・批判する・競う場面で手加減してほしいときに「Take it easy on him, he's new.(彼は新人なんだから優しくしてやって)」のように使う。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: geh nicht so hart mit ihm um (ゲー・ニヒト・ゾー・ハート・ミット・イーム・ウム)
→ 「彼にそんなに厳しくするな」という意味で、口語でよく使われる。
🇫🇷 フランス語: vas-y mollo avec lui (ヴァ・ジー・モロ・アヴェック・リュイ)
→ 「mollo」はくだけた言い方で「ほどほどに・優しく」のニュアンス。
🇰🇷 韓国語: 살살 해 (サルサル・ヘ)
→ 「手加減して・優しくやって」という意味で日常会話で頻繁に使う。
🇪🇸 スペイン語: no seas tan duro con él (ノ・セアス・タン・ドゥロ・コン・エル)
→ 「彼にそんなに厳しくしないで」というニュアンスで広く使われる。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/interestingasfuck


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