毎年5月5日、アメリカ各地でテカテ片手にタコスやカルネアサダを頬張る「Cinco de Mayo」祭り、実はメキシコ本国ではそこまで大きなイベントじゃないって知ってた?もともとは1862年のプエブラの戦いでメキシコ軍がフランス軍を撃退した記念日なんやけど、独立記念日でもなんでもない、わりとローカルな祝日なんよな。それがなぜかアメリカでメキシコ系文化を祝う一大イベントに成長したっちゅう、輸入されて別モンに進化した文化のおもろい話。海外の反応見てみるで。
アイルランドにとってのセント・パトリックス・デーもそんな感じ。
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Same thing with St Patrick's Day for Ireland.
✍️ 管理人: これめっちゃ的確な例えやわ。セント・パトリックス・デーもアイルランド本国では元々は厳粛な宗教行事で、20世紀半ばまでパブすら休業日やったのに、アメリカだとシカゴ川を緑色に染めるレベルの大騒ぎになっとる。日本だと逆に「輸出した祝日が本国より海外で盛り上がる」みたいな例ってあんまりないから、この現象自体がちょっと不思議な感覚やな。移民先で「自国らしさ」を再構築するときに、本国よりも記号的でわかりやすい形に濃縮されがちなんかもしれん。
歴史家の [Kelly Lytle Hernández](https://en.wikipedia.org/wiki/Kelly_Lytle_Hern%C3%A1ndez) によると、ディアスは「シンコ・デ・マヨの祭り・祝典を、自らの権力と統治をたたえるものへと戦略的に変え、それをメキシコ全土、さらには米国のメキシコ系ディアスポラのコミュニティにまで広めて祝われるものにした」という。この結びつきのため、メキシコの多くの地域では、ディアスが Mexican Revolution で失脚したあと、シンコ・デ・マヨの祝賀は下火になった。
シンコ・デ・マヨがどうしてメキシコ国外であんな一大イベントになったのか、ずっと不思議だったけど、これ読むとめっちゃ腑に落ちる。だってメキシコ国内では、ようするに「ポルフィリオ・ディアスの日」みたいなもんを、あいつを追い出すために戦ったあとまでノリノリで祝い続ける気にはそりゃならないし、一方でディアスポラのほうにはそのへんの事情が伝わってなくて、そのまま祝い続けてたってわけか。
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"According to historian [Kelly Lytle Hernández](https://en.wikipedia.org/wiki/Kelly_Lytle_Hern%C3%A1ndez), Díaz "strategically turned the Cinco de Mayo Festival or celebration into a celebration of his power and his reign and made it something that was celebrated across Mexico and even in diasporic Mexican communities in the United States."[^(\[33\])](https://en.wikipedia.org/wiki/Cinco_de_Mayo#cite_note-35) Because of this association, in much of Mexico, Cinco de Mayo celebrations declined after Díaz was deposed in the [Mexican Revolution](https://en.wikipedia.org/wiki/Mexican_Revolution)."
I always wondered how exactly did Cinco de Mayo become a big deal outside of Mexico, but it makes total sense that within Mexico we weren't all that enthused to continue celebrating what was essentially Porfirio Diaz day after we fought to kick him out while the diaspora didn't get the memo and they kept it going.
✍️ 管理人: これガチで有能なコメントやわ。ポルフィリオ・ディアスって1876年から約35年間メキシコを独裁支配した大統領で、自分の権威付けのためにシンコ・デ・マヨを国家的イベントに格上げしたっちゅう説な。でもメキシコ革命(1910-1920)でディアス政権が倒れた後、本国では「独裁者の記念日」みたいなイメージが薄まらんかったのか、逆にフェードアウトしていったらしい。日本で言うなら特定の権力者が推した記念日が政権交代後に廃れるパターンに近いんかな、豆知識として面白い。
「Cinco de Cuatro」のこと忘れてない?【訳注: 米ドラマ『Arrested Development』のネタで、本来は5月5日の「Cinco de Mayo」をわざと“4日”にしている言い間違いギャグ。】
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Are forgetting about Cinco de Cuatro?
✍️ 管理人: 『Arrested Development』知らんとこのボケ全然刺さらんやつやな。作中でブルース一家が本番の5日に暴動が起きるのを恐れて、わざと1日早い4日に偽物の「Cinco de Cuatro」を開催するっていうシュールなギャグなんよ。アメリカのシットコムってこういうニッチな社会ネタを平気でぶち込んでくるから、Redditだとこの手の引用ネタが鉄板の内輪ウケになるんよな。日本のコント番組で言うと特定回のパロディフレーズがずっとイジられ続ける感じに近いわ。
フェニックスに引っ越すまで、シンコ・デ・マヨなんて聞いたこともなかった。今じゃすっかり大好きだわ。カルネアサダとテカテ、どんと来いって感じw
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I mean, it is over the French, makes sense.
Seriously though, definitely, I barely see a mention in Mexico unless they are targeting Americans, and it is a big party when I lived in California.
✍️ 管理人: アリゾナとかテキサス、カリフォルニアみたいなメキシコと国境接する南西部の州は特にシンコ・デ・マヨが盛り上がるらしいな。テカテはメキシコの大手ビールブランドで、日本で言うたらコロナビールみたいなポジションや。日本だと花見や夏祭りみたいに「気候のいい時期にとりあえず外で飲み食いするイベント」があればみんな乗っかる感じやけど、アメリカでもそのノリでシンコ・デ・マヨが「春のバーベキュー口実」化してる面はありそうやわ。
まあ、フランスの上にあるんだから、そりゃそうだよねw
でもマジで、ほんとその通り。メキシコでは、アメリカ人向けでもない限りほとんど話題にもならないし、カリフォルニアに住んでたときは一大イベントだった。
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I mean, it is over the French, makes sense.
Seriously though, definitely, I barely see a mention in Mexico unless they are targeting Americans, and it is a big party when I lived in California.
✍️ 管理人: 地理ネタで茶化しつつも中身はガチ証言やな。カリフォルニアはメキシコ系人口がアメリカでも屈指に多い州(全人口の約4割がヒスパニック系)やから、シンコ・デ・マヨの盛り上がりも段違いらしい。日本だと在日外国人コミュニティの祭りが地元密着型で盛り上がる感覚に近いかもな、規模はえらい違うけど。個人的にはこの「本国だと地味、移民先だと爆盛り上がり」のギャップが一番面白いポイントやと思う。
あと、ブルース一家を知ってるなら、Cinco de Cuatroもかなりいわく付きの始まり方してるってわかるはず。
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And if you're familiar with the Bluth family, Cinco de Cuatro also has pretty dubious beginnings.
✍️ 管理人: またまた『Arrested Development』ネタの補足やな、このスレ結構このドラマ好き多そうやわ。作中の「Cinco de Cuatro」は主人公一家の会社が不祥事隠しのために強行した苦肉の策イベントっていう、笑えるけどちょっと闇のある設定なんよ。海外ドラマのブラックコメディってこういう「表向きは楽しいイベント、裏は生々しい大人の事情」っていう構図がよく使われる気がするな。
フランスが戻ってきて国を丸ごと奪い返し、傀儡の皇帝まで据えたんだよな。しかもアメリカに「もう引っ込め」って言われるまで居座ってた。
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The French came back and took the whole country and installed a puppet emperor. They didn’t leave until the United States convinced them to withdraw.
✍️ 管理人: 地味に重要な後日談やな。プエブラの戦いでは一旦フランス軍を退けたけど、翌1863年には態勢を立て直したフランスが再侵攻してメキシコシティを制圧、オーストリア出身のマクシミリアン1世を傀儡皇帝に据えて第二次メキシコ帝国を樹立したんよ。結局アメリカの南北戦争が終わってモンロー主義(欧州の米大陸干渉に反対)を盾に圧力かけたことで、1867年にフランスは撤退。プエブラの勝利って実は最終的な独立とは別モンで、この後もっと大変な展開があったっちゅうのは日本の教科書だとほぼ触れられん話やな。
友達がプエブラ出身なんだけど、歴史的には「お祭り」っていうより、亡くなった人たちをしのんで敬うためのものらしい。
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My friend is from Puebla, he said historically it's more of a remeberance/honoring of those who died than a party.
✍️ 管理人: これが一番本質突いてるコメントちゃうか。プエブラ州では実際に戦闘の再現パレードとか、戦没者への追悼行事として静かに執り行われる側面が強いらしくて、アメリカ的などんちゃん騒ぎとは温度感がかなり違うんよな。日本で言うと終戦記念日の慰霊祭が、海外で「日本の夏祭り」みたいに誤解されて盛大なパーティーイベント化してしまうようなもんかもしれん。同じ日付でも国によって意味合いがガラッと変わるのがおもろいし、ちょっと複雑な気持ちにもなるわ。
💭 管理人の感想
まとめると、シンコ・デ・マヨって「メキシコの独立記念日」やと勘違いされがちやけど、実際は1862年のプエブラの戦いっちゅう一地方の勝利を祝う記念日で、本国メキシコではプエブラ州以外だとそこまで大々的に祝われてへんのがガチの実態なんよな。それがポルフィリオ・ディアスの政治利用を経て在米メキシコ系ディアスポラに根付いて、今やアメリカ全土でテカテとタコスの一大商業イベントに変貌したっちゅうのがめっちゃ興味深いポイントや。日本で言うなら、ハロウィンが本場アメリカとはだいぶ違う「渋谷のコスプレ仮装イベント」に進化したのとちょっと似てる構図かもしれん。文化って輸出された先でオリジナルの文脈が抜け落ちて、記号的な部分だけが肥大化することがようあるんやなって改めて考えさせられたわ。しかもプエブラでは今も戦没者への追悼という真面目な側面が残ってるって聞くと、アメリカのパーティー感とのギャップにちょっと複雑な気持ちにもなる。前に「サンクスギビングの起源が実はグレーな話」みたいなスレも見たことあるけど、祝日の「建前」と「本当の由来」のズレってどこの国にもあるあるなんかもな。みんなは海外由来のイベントで、本場と全然違う楽しみ方してるやつ他に知ってる?教えてクレメンス。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“didn't get the memo”
🔊 読み方: ディドント・ゲット・ザ・メモ
🇯🇵 意味: 大事な情報や変化を知らずに、周りと違う行動を取っていることを指すカジュアルな表現。
💡 誰かが状況の変化や暗黙の了解に気づいていないときに使う軽い皮肉交じりの言い方。例:『He's still doing it the old way — guess he didn't get the memo.』のように、会話の中で気軽に使える。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Das hat sich wohl nicht rumgesprochen (ダス・ハット・ズィッヒ・ヴォール・ニヒト・ルムゲシュプロッヒェン)
→ 直訳は「それはまだ広まっていないようだ」で、英語のmemoのニュアンスをドイツ語らしい口語表現に置き換えたもの。
🇫🇷 フランス語: Il était pas au courant (イレテパ・オ・クラン)
→ 「知らされていなかった」という意味の日常会話で頻出のカジュアルな言い回し。
🇰🇷 韓国語: 소식을 못 들었나 봐 (ソシグル モッ トゥロンナ バ)
→ 「その話を聞いてなかったみたいだね」というニュアンスで、友人同士の会話でよく使われる。
🇪🇸 スペイン語: no se enteró (ノ・セ・エンテロ)
→ 「(その情報を)知らなかった」という意味で、状況に取り残された人を軽く指摘する時に使う自然な口語表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


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