おい、みんな知ってるか? NASAのアルテミス計画で久しぶりに人類が月に向かってるんだけど、ぶっちゃけ世間の盛り上がりがビックリするくらい薄いんよ。Redditの「シャワー中に思いついたこと」板で「昔の月面ミッションは世界中が一つになったのに、今回は誰も気にしてなくね?みんな次の世界的な災害のことばっか考えてるやん」ってスレが立って、めちゃくちゃ議論が盛り上がってたわ。1960年代のアポロ計画の時は冷戦っていう背景もあって国家の威信がかかってたし、何より「人類初」のインパクトがデカすぎたんよな。じゃあ今の時代、なんでこんなに関心が薄いのか?海外ニキたちの分析が鋭すぎたから紹介するわ。
懐古バイアスに引っかかんなよ。アポロ13号があったのは冷戦の真っ只中だ。キューバ危機の記憶がまだ生々しかった時代で、人々が月面計画に熱狂したのは技術が爆速で進歩してたし、何より「人類初」だったからに他ならない。後の月面着陸には、正直ほとんど誰も興味示さなかったし。米国がこれを純粋に地政学的な競争のためにやってたことなんて、当時誰もスルーしてない。
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Don't fall into the nostalgia bias. Apollo 13 was during the peak of Cold War. Cuban missile crisis was still in everyone's memory. People admired the Moon mission because it was an era of very rapid technological progress and it was the 1st time ever. Much less people cared for the following moon landings. And no one ignored that the USA did it only for geopolitical reasons.
✍️ 管理人: ぐう正論すぎてぐうの音も出ない。実際アポロ11号(1969年)の月面着陸は全世界で推定6億人がテレビ視聴したけど、アポロ14号以降はもう視聴率ガタ落ちだったんよな。日本でも当時NHKが大々的に中継して視聴率は68.3%を記録したらしいけど、これって「人類初」の看板があってこそだったわけで。冷戦っていう「アメリカ vs ソ連」の構図が宇宙開発を国家の威信の象徴にしてたからこそ盛り上がったわけで、純粋な科学的好奇心だけであそこまで予算つかないよなぁ。今の時代は「敵国に勝つ」みたいな分かりやすい動機がないから余計に注目されにくいのかも。
今まさに家が燃えてるのに、離れの車庫なんか気にしてる場合じゃねえよ。
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It's hard to worry about the detached garage while the house I'm in is on fire.
✍️ 管理人: 短いけどめちゃくちゃ刺さる例えだわ。気候変動、戦争、経済危機、AI失業不安…正直「月に行ってる場合か?」って気持ちは分からんでもない。日本だって少子高齢化に物価高に地震リスクに…って考えたら「JAXAの予算をもっと防災に回せ」みたいな声が出るのも当然よな。ちなみにNASAの年間予算は約250億ドル(約3.7兆円)で、アメリカの連邦予算全体のたった0.4%なんだけど、それでも「もっと地上の問題に使え」って批判は昔からある。個人的には両方やれよって思うけど、家が燃えてたらそりゃ消火が先だわな。
一般人が本気で関心を持つのは、実際に月面に降り立つミッションになってからだよな。科学好きや宇宙ヲタにとってアルテミス2号はとんでもない偉業だけど、一般人からすれば「月まで行っただけで着陸しないなんて、何がすごいのかピンと来ない」って感じなんだよw
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People will care when it's a mission where they actually land on the moon. To science people Artemis 2 is an awesome achievement, but normies don't see the significance of visiting the moon without landing.
✍️ 管理人: これマジでそれなー。アルテミス2号は月を周回して帰ってくるミッションで、着陸は次のアルテミス3号の予定なんよな。一般人からしたら「え、降りないの?じゃあ何しに行くの?」ってなるのは仕方ない。日本のはやぶさ(小惑星探査機)がめちゃくちゃ盛り上がったのって、「小惑星のサンプルを持ち帰る」っていう分かりやすいミッションで、しかもトラブル続きからの奇跡の帰還っていうドラマがあったからだよな。結局、一般人の心を掴むには「分かりやすさ」と「ストーリー」が必要なんだわ。宇宙ヲタのワイとしてはアルテミス2の技術的意義も理解してほしいけど、まあ無理か草。
アポロ11号が「未開のフロンティア(新天地)」だったからでしょ。今じゃもうそんな新鮮味ないって。アポロ12号の時点で既に終わってたんだから。月面着陸に人類が興味なくなったのは最近の話じゃなく、56年前に冷めちゃったんだよね。だからこの半世紀、誰もわざわざ行こうとしなかったわけで。
映画『アポロ13』でも、NASAが「ライブ中継の視聴者数がすげー多いぞ」って乗組員に嘘ついてるシーンあったじゃん? 実際は放送してる局ほとんどなくて、事故が起きてからやっと注目され始めたんだから。人類の集中力なんて、ハエ並みだわ草。
断言するけど、もし有人火星ミッションが実現したら、世間の注目度はアポロ11号の月面着陸に匹敵するか、それ以上になるはずだ。また「新天地」になるからね。でも、2回目の火星行きが計画される頃には、もう世間の関心なんて冷めちゃってんだろ。
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That's because Apollo 11 was exploring a new frontier. It isn't a new frontier anymore. It hasn't been since Apollo 12. People didn't stop caring about moon landings recently, they stopped caring 56 years ago. That's why we stopped even bothering to go there for the last half century.
Even in the movie Apollo 13 there was a scene where nasa was lying to the crew about having a huge audience for their live video feed, because in reality hardly any station was airing it and nobody cared until after the disaster happened. Humanity has the attention span of a gnat.
I guarantee that if we ever send a manned mission to Mars, public interest in watching that will rival the Apollo 11 moon landing, probably even exceed it. Because it will be a new frontier. Then by the time the second trip to Mars is scheduled people already won't care anymore.
✍️ 管理人: 「人類の集中力なんてハエ並み」は草だけど否定できないのが悲しいw 実際アポロ12号(1969年11月)の時点でアメリカの視聴率はもうガクッと下がってて、テレビ局が中継を打ち切ったほどなんよ。映画『アポロ13』のそのシーン、マジでリアルな話を元にしてるからな。日本でも同じ現象はあって、はやぶさ2のサンプルリターンは初代ほど話題にならなかったし、「2回目」のインパクトの弱さは万国共通。火星有人探査は確かに再び世界が熱狂するだろうけど、NASAの計画だと早くて2030年代後半…生きてるうちに見られるかなぁ。個人的にはめちゃくちゃ楽しみだけど、このニキの言う通り2回目はスルーされるんだろうな。
「月に行く」んじゃなくて「月を周回する」だけやでw 月面に着陸して無事に地球に帰還するのとは、完全に別次元の偉業なんだよな。今回の計画がどれほど大変だったかを過小評価するつもりはないけど、やっぱり月面着陸の方が桁違いに難しくて、それだけガチでスゴいと思うわ。
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We are going around the moon not too the moon. Entirely different feat to land on the moon and come home in one piece not to downplay how much work it took to make this happen but landing on the moon was probably significantly more difficult and therefore impressive.
✍️ 管理人: まあ正確にはその通りなんよな。アルテミス2号は月周回軌道に入って戻ってくるミッションで、実際に月面に降り立つのはアルテミス3号以降の予定。ただ、アポロ8号(1968年)も月を周回しただけだったけど当時はめちゃくちゃ盛り上がったんよ。あの有名な「地球の出(Earthrise)」の写真はアポロ8号で撮影されたもので、環境保護運動のきっかけにもなったと言われてる。日本の宇宙開発だと、SLIMが月面にピンポイント着陸成功(2024年)した時は結構話題になったけど、海外でのニュース扱いはかなり小さかったし、注目度って本当に「初めて感」に左右されるんだなと。
11、12歳の頃に見た夜の打ち上げは、まさに俺の中の「コアメモリー」だ。人生観が変わるほどの体験だった。
俺は今サンタバーバラに住んでて、SpaceXの打ち上げ音がやたら頻繁に響いてくる距離にいる。でももう、あの時の意味は消えちまった。穢されたし、色あせたし、ただただ気持ち悪い。
かつて手付かずだった美しい夜空も、今じゃ人工光の「列車」がゴミみたいに散らばって、億万長者の懐を肥やすだけの道具と化してる。そこへベゾスまで参戦かよ。
今回のNASAの打ち上げはどこか古風でノスタルジーを感じたけど、それもすぐに民間企業に取って代わられるんだろうな。全部が心底むかつくぐらいクソ憂鬱だ。
昔は「何かしらの意味」があったのに、今じゃただの「利益」でしかねぇ。今回の打ち上げだって、結局は月を略奪するための手段でしかない。そう遠くなく、その光景もまた別の形で変わっていくんだろうな。
億万長者ども、とっととくたばれ。
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Seeing a night launch as a 11, 12 year old kid was a core memory. Life changing experience. I live in Santa Barbara which is close enough to hear space x launches, pretty often. The meaning is gone. It's tainted, it's tarnished, it's gross. The beauty of the night sky, untouched firmament is now littered with trash, trains of artificial lights making billionaires richer. Bezos is getting in now.
This NASA launch felt oddly old fashioned and still it's soon ending to be replaced by private enterprise and I find it all extremely god damn depressing. It used to mean something. It only means profits now. This launch is about plundering the moon. It won't be long before that looks and feels different too.
Fuck billionaires
✍️ 管理人: 気持ちは分かるわ…ガチで切ない。スターリンク衛星って今6,000基以上が軌道上にあって、天体観測の邪魔になってるって世界中の天文学者がブチ切れてるんよな。日本の国立天文台も「衛星コンステレーションによる天文観測への影響」って公式に懸念表明してる。サンタバーバラってカリフォルニアのヴァンデンバーグ宇宙軍基地から近いから、SpaceXの打ち上げ音が日常的に聞こえるらしい。宇宙開発が「人類の夢」から「ビリオネアのビジネス」に変わっていく感覚って、日本だとホリエモンのインターステラテクノロジズとかで少し実感できるけど、アメリカほどの規模感ではないよな。個人的には民間参入で打ち上げコストが激減したのは良いことだと思うけど、「夢」が「金儲け」に変わる虚しさは否定できんわ。
「私じゃないよ(震え声) PSTの正午からローンチ後1時間くらいまでずーっと観てたなんてね草」
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Not me I watched it from noon pst until about an hour after it launched
✍️ 管理人: ファーwww 「誰も気にしてない」ってスレで堂々と「ワイはガッツリ見てたんだが?」って返すの好きw こういう宇宙好きがちゃんと残ってるの嬉しいわ。ちなみにPST(太平洋標準時)ってことはアメリカ西海岸の住民だな。日本時間だと打ち上げは深夜〜早朝になることが多いから、日本の宇宙ファンはいつも睡眠を犠牲にしてるんよな。ワイも種子島からのH3ロケット打ち上げをライブで見た時はテンション爆上がりだったし、好きな人は時代関係なく好きなんだわ。Redditの宇宙系サブレ(r/spaceとか)では今でも打ち上げのたびにライブスレが盛り上がるし、「関心が薄い」のは一般層の話であって、コア層は変わらず熱いんよ。
💭 管理人の感想
今回のスレ、めちゃくちゃ考えさせられたわ。結局のところ「月面ミッションへの関心低下」って今に始まった話じゃなくて、アポロ12号の時点でもう冷めてたっていうのが歴史的事実なんよな。人類は「初めて」にしか興奮できない生き物で、それは56年前から変わってない。ただ、今の時代特有の問題として「家が燃えてるのに離れの心配はできない」っていう切実さがあるのも事実で、気候変動、戦争、経済危機、AIによる雇用不安…これだけ目の前に問題が山積みだと月どころじゃないってのは正直わかる。日本でもJAXAの予算は年間約1,500億円で、防衛費(約8兆円)と比べるとかなり控えめだし、「宇宙より先に地上の問題を」って声は根強い。一方で、宇宙開発が「国家の夢」から「民間企業のビジネス」に移行してることへの複雑な感情も印象的だった。コスト削減は進んでも「夢」が「利益」に置き換わる虚しさは万国共通なんだな。個人的には、アルテミス3号で実際に月面着陸が実現したら世間の反応も変わると思うし、火星有人探査が実現したら間違いなく世界中が熱狂すると思う。でもそれも「1回目だけ」なんだろうな…人間って業が深いわ。みんなは宇宙開発、今でもワクワクする?それとも「それどころじゃない」派?
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“It's hard to worry about the detached garage while the house I'm in is on fire “
🔊 読み方: イッツ ハード トゥ ウォーリー アバウト ザ ディタッチド ガラージ ワイル ザ ハウス アイム イン イズ オン ファイア
🇯🇵 意味: 目の前に大きな問題があるのに、優先度の低いことを気にしている余裕はない
💡 身近で深刻な問題を抱えているときに、遠くの話題や二次的な問題を持ち出されて「それどころじゃない」と返す場面で使える。例:友人が「最近宇宙開発のニュース見た?」→「いや、今月の家賃どうするかで頭いっぱいだよ」のような状況。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Mir steht das Wasser bis zum Hals, da kann ich mich nicht um sowas kümmern (ミア シュテート ダス ヴァッサー ビス ツム ハルス、ダ カン イッヒ ミッヒ ニヒト ウム ゾーヴァス キュマン)
→ 「水が首まで来ている」という慣用句で、自分が切迫した状況にあることを強調する表現。
🇫🇷 フランス語: J'ai d'autres chats à fouetter (ジェ ドートル シャ ア フエテ)
→ 「他に鞭打つ猫がいる」=もっと大事なことがある、という定番の慣用句で日常会話でよく使われる。
🇰🇷 韓国語: 내 코가 석 자인데 남 걱정할 때가 아니야 (ネ コガ ソクチャインデ ナム コクチョンハル テガ アニヤ)
→ 「自分の鼻水が三尺なのに他人の心配どころではない」という韓国の定番ことわざをカジュアルに使った表現。
🇪🇸 スペイン語: Tengo el agua al cuello, no estoy para eso (テンゴ エル アグア アル クエジョ、ノ エストイ パラ エソ)
→ 「水が首まで来ている、それどころじゃない」と切迫感を伝えるスペイン語圏で広く使われる表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/Showerthoughts


コメント
昔の月探査が「夢」だったのに今は刺さらない――これ、単に人類が飽きたって話だけかな? 偶然にしては、宇宙が国家のロマンから企業の採算へ切り替わった時期と、みんなの熱が冷めた時期が重なりすぎてるよね。点と点をつなげると、「見上げる物語」が「売上の話」に変わった瞬間、心が離れた…そんな裏の構造が見えてくるんだけど、どう?
おまえら「昔は夢があった」とか言ってるけど、実際は初回ボーナスが切れただけだろwww アポロも12号で冷めてたのに美化しすぎ。結局、人類はロマンより生活費と不安にしか反応しないってバレただけ。効いてる現実見ような?
これ、関係者筋っていうより宇宙広報まわりで昔から言われてる話だけど、人は「到達」より「初到達」にしか熱狂しないんだよな。アポロも実は後半かなり空気だったし。今は生活が火事場だから月にロマン感じる余裕がない、そこを民間ビジネスが埋めても“夢の代用品”にしか見えんのよ。
Si analizamos este fenómeno desde una perspectiva histórica, el problema no es que la humanidad haya perdido la capacidad de soñar, sino que cambió el régimen político y emocional que convertía a la exploración espacial en un mito compartido. Apolo no fue solamente ciencia: fue Guerra Fría, competencia interestatal, televisión masiva y una narrativa épica de “primera vez”. Lo que revela este caso es una tensión estructural entre la lógica del descubrimiento y la lógica de la supervivencia cotidiana. Cuando amplios sectores sienten que el salario no alcanza, que el clima se desordena y que la guerra vuelve como horizonte, la Luna deja de ser promesa y pasa a percibirse como lujo.
En Argentina vivimos algo análogo cuando se nos pide pensar en grandes proyectos nacionales en medio de crisis recurrentes: no es rechazo al futuro, es fatiga histórica. Además, hoy la aventura espacial aparece mediada por corporaciones, marketing y contratos, no por una idea clara de destino colectivo. Ahí se enfría parte del entusiasmo. Sin embargo, yo no diría que “nadie” está interesado. Más bien, el interés ya no se expresa como fervor universal sino como curiosidad fragmentada, técnica, especializada. Tal vez el desafío de esta época no sea repetir la épica de 1969, sino reconstruir una razón pública para explorar: no escapar de la Tierra, sino entender mejor qué tipo de civilización queremos ser sobre ella y más allá de ella.
Als Austauschstudent hier in Tokio fällt mir auf, wie gleichzeitig nah und fern sich solche Themen anfühlen. In der Uni höre ich oft, dass Raumfahrt eigentlich total faszinierend ist, aber direkt danach reden alle wieder über Miete, Jobangst oder Nachrichten aus der Welt. Das erinnert mich an einen Vorfall letzte Woche in der Uni, als ein Kommilitone erst begeistert über eine Mondmission gesprochen hat und fünf Minuten später meinte: „Schön, aber ich muss erstmal meinen Alltag überleben.“ Irgendwie hart, aber auch ehrlich. Ich glaube, das Problem ist nicht, dass die Leute keine Träume mehr haben, sondern dass der Kopf schon mit zu vielen akuten Sachen voll ist. Trotzdem finde ich es schade, wenn nur das „erste Mal“ zählt. Meine japanischen Kommilitonen sagen dazu manchmal, dass Begeisterung heute schneller verbraucht wird. Vielleicht ist genau das das Traurige daran.