消防士のドナルド・ハーバートって知ってた? 消火活動中の事故で昏睡状態になり、1年後に一度目覚めたものの、友人も家族も誰だか分からなかったんだと。その後は「最小意識状態」というほぼ反応のない状態が9年以上続いて、そこから奇跡的に再び目覚めた。最初の質問が妻のことだったという、感動と切なさが同居する話だわ。ただ、Redditのスレでは「話はそんなに綺麗じゃない」という声が一番上に来てて、そこも含めて紹介するで。
そして……彼はその9か月後、度重なる感染症の末に肺炎で亡くなった。その間も筋萎縮のせいで車椅子生活で、言葉を発せるのも時々だけだった。
Wikipediaで一部始終を読むと、このスレタイから受ける印象ほど奇跡的な話ではない。
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And…he died 9 months later of pneumonia after numerous infections and was only able to speak sporadically in that time whilst being wheelchair bound due to muscular atrophy.
The full story in the wiki is a lot less miraculous than the subject line of this thread makes out.
✍️ 管理人: 一番上に来たのがまさかの「感動話に待った」コメントで、これがスレの空気を決めてる感じやな。コメ主によると目覚めた後も体は相当弱ってたらしく、「奇跡の復活で大団円」とはいかなかったってことや。寝たきりが長いと筋肉が落ちて感染症にかかりやすくなるのは、日本の介護現場でも誤嚥性肺炎として昔から大問題だわ。Redditのtodayilearnedは、タイトルが盛られてると上位コメが即座に補足を入れる文化があって、今回もそのパターンなんよ。個人的には、これを知った上でなお「家族と話せた時間があったこと」には価値があると思うで。
ネタバレ注意:彼、このわずか数か月後に亡くなったんだよね……(´;ω;`)
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SPOILER ALERT: He died just months after that. 🙁
✍️ 管理人: 短いけど、これでスレ全体がしんみりしたのが伝わるわ。「ネタバレ注意」ってわざわざ書くあたり、タイトルだけ見てほっこりしに来た人への優しさ半分、悲しみ半分やろな。日本のまとめブログでも、感動系タイトルの下に「その後」の情報が出てきて空気が変わる展開ってあるあるやん。ワイもこのコメント見て、ちょっと手が止まったわ。それでも「最後に会話できた」という事実だけは消えんのよな。
最低限の意識しかない状態で過ごした9年間のうち、彼はどれほどの期間、実際には何らかのレベルで周囲を認識していたんだろう。一部の植物状態(PVS)の患者は、外見上まったく反応がなくても、頭の中では指示に従えることがfMRI研究で示されている。
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i wonder how much of his 9 years in a minimally conscious state he was actually aware on some level. there's been some fMRI studies showing some PVS patients can follow commands mentally even when they show zero outward response
✍️ 管理人: これはもっと評価されるべき、めちゃくちゃ核心を突いたコメントや。実際に2006年ごろ、英国の研究チームが「テニスをしているところを想像して」と頼んだら、反応のない患者の脳が健常者と同じように活動したっていう有名な研究があるんよ。日本でも遷延性意識障害の患者さんは数万人規模でいると言われてて、家族が毎日話しかけ続ける理由はまさにここなんだわ。もし本人に聞こえてたとしたら、と考えるとちょっとゾッとするし、同時に泣けてくるで。ワイは「話しかけ続けるのは無駄じゃない」と信じたい派や。
「俺の妻はどこだ?」
「いや、まず最初に、いろいろ決めつけすぎだろ」
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“Where is my wife?” “Ok first of all, you’re making a whole lot of assumptions here”
✍️ 管理人: ファーwww 感動話のはずがいきなりコントになっとるやんけ。「お前、目覚めて第一声がそれかよ」みたいな即ツッコミは、海外のスレでもおなじみの形やな。日本だと「ここはどこ? 私は誰?」が目覚めシーンの定番やけど、海外はこういう夫婦漫才っぽいネタに寄せがちなんよ。ちなみに実話ではちゃんと奥さんを気にかけてたわけで、ネタにしつつも敬意は感じるコメントやと思う。重い話の後にこういう軽いのが挟まると、ちょっと救われるわ。
そして最初の質問への残念な答えは、「あ〜……えっと、彼女はもう次に進んじゃったよ😬」だった。
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And the unfortunate answer to that first question was “oooo… well, she moved on 😬”
✍️ 管理人: ブラックジョークすぎて草。「浦島太郎」的な、長期間眠ってたら世界が変わってるネタは海外でも定番で、映画でも昏睡から覚めたら状況が激変してるパターンがやたら多いんよ。ただ実際のハーバートさんのケースは、奥さんがずっとそばにいたという話やから、これは完全にネタとして受け取るのが正解やで。日本円にして何百万円も介護にかかるような長期療養を、家族が支え続けた現実のほうがよっぽど重いわな。ワイ個人としては、こういう不謹慎ギリギリのジョークは、事実を知ってる人同士で言うから笑えるんやと思うわ。
たまに脳みそが完全にログインするまで、何回か再起動しないといけないんだよね。
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Sometime you have to restart a couple times to get the brain to fully log in.
✍️ 管理人: おい、最後に急にPCトラブルみたいな話にするな、それなー過ぎて逆に笑うわ。「電源入れ直したら直った」は日本のIT系あるあるやけど、人間の脳もそう都合よく再起動できたら苦労せんのよな。実際、脳の回復はほんの少しずつ、波があるのが普通と言われてて、ハーバートさんみたいに突然改善するケースはかなり珍しいらしい。昔、似た話で「19年ぶりに突然話し出した男性」の記事を読んだことがあって、あれも世界中で話題になってたわ。重い話の締めがこの軽さなのは、案外スレ民の優しさなのかもしれんで。
💭 管理人の感想
今回の話は、タイトルだけ見ると「9年半ぶりに目覚めて最初に聞いたのは妻のこと」という完全な感動ストーリーなんやけど、スレを読むと現実はもっと複雑やったわ。目覚めた後も体は弱ってて、長い療養の中で感染症にも苦しんだと、一番上のコメントが教えてくれてる。つまり「奇跡」は確かにあったけど、それは病気が完全に治ったってことじゃなくて、「家族と会話できる時間が戻ってきた」という意味での奇跡やったんやと思う。日本でも遷延性意識障害の患者さんと家族は何年も介護を続けていて、国の制度や在宅介護の負担はかなり大きい問題になっとる。海外では保険や支援の仕組みが違うから単純に比べられんけど、「家族が付きっきりで支える」という構図はどこの国でも変わらんのよな。スレの中盤に出てきた、反応のない患者でも脳が指示に反応するという研究の話は、地味やけど一番ゾワッときたポイントや。もし本人に周りの声が届いてたとしたら、毎日話しかけてた家族の時間は全部無駄じゃなかったってことになるやん。それでいて、スレ民がコントやPCの再起動ネタで空気を和らげてたのも、海外掲示板らしい優しさやと思ったで。こういう「タイトルは感動系だけど本文を読むとほろ苦い」系のスレは、前にも何度か話題になってて、ワイは読み終わった後の余韻が好きなんよ。みんなはもし家族が長期間意識を失ったら、どんな風に声をかけ続ける? それとも、こういう話は「ハッピーエンドだけ」知っときたい派やろか? コメント欄で教えてくれや。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“you're making a whole lot of assumptions here”
🔊 読み方: ユア メイキング ア ホール ロット オブ アサンプションズ ヒア
🇯🇵 意味: あなた、ここでかなり多くのことを勝手に決めつけてるよ
💡 相手が事実を確かめずに思い込みで話を進めているとき、やんわり、または皮肉っぽく待ったをかける場面で使う。例: 「He's late, so he must be ignoring me.」「Hold on, you're making a whole lot of assumptions here.」
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Du nimmst da ganz schön viel an (ドゥー ニムスト ダー ガンツ シェーン フィール アン)
→ 「ganz schön viel」は「かなりたくさん」という口語的な強調で、決めつけを軽くたしなめるときに使える。
🇫🇷 フランス語: Tu te fais des films, là (テュ ト フェ デ フィルム ラ)
→ 「映画を作っている」、つまり妄想で話を膨らませているという砕けた言い方で、友人同士の軽いツッコミに向く。
🇰🇷 韓国語: 너 지금 너무 많이 넘겨짚고 있어 (ノ チグム ノム マニ ノムギョジプコ イッソ)
→ 「넘겨짚다」は根拠なく先回りして推測するという意味で、決めつけを指摘する日常会話の定番。
🇪🇸 スペイン語: Estás asumiendo un montón de cosas (エスタス アスミエンド ウン モントン デ コサス)
→ 「un montón de」は「たくさんの」を表す口語で、相手の思い込みを指摘するときに自然に使える。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


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