南北戦争で最初の大規模戦闘が起きたのは、ウィルマー・マクリーンさんちの農場だったって知ってた?砲弾がキッチンに飛び込んでくるレベルでブチ切れた彼は「もう戦争から離れたい!」って家族連れて田舎に引っ越したんや。ところが運命は残酷で、4年後にリー将軍がグラント将軍に降伏した場所、なんとマクリーンさんちの応接間。歴史の偶然ってレベルじゃねぇよこれ。
東部戦線って意外と狭かったんだなって見るたびに思うわ。あの2地点、150マイルも離れてないんよな。
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It’s always interesting to look at how small the eastern theatre was. Those two points are less than 150 miles apart.
✍️ 管理人: 150マイルって約240kmやから、東京から名古屋くらいの距離感なんよな。南北戦争っていう国を二分した大戦争のイメージからすると確かに狭く感じる。ちなみに東部戦線はワシントンDCとリッチモンドっていう両軍の首都が近すぎたせいで、この狭いエリアで4年間延々と死闘を繰り広げる羽目になったらしい。日本の戦国時代も関ヶ原周辺で天下分け目の戦いやってたし、歴史って意外と狭い舞台で動くもんやね。
今思うとちょっと不思議やけど、アポマトックスってバージニアでもかなり辺鄙な場所やから、まさか戦争がそこまで来るなんて思わなくても無理はないわ。実際、戦争末期にグラントとリーが州じゅうで延々と追いかけっこしては包囲して、みたいな泥仕合の末、最後にアポマトックスのしょぼい鉄道駅で決着する展開じゃなければ、たぶん本当に戦火は及ばなかったと思う。
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It's kind of weird thinking of it today, but Appamattox is a very out of the way place in Virginia and it was probably pretty fair to think the war wouldn't find its way there. It probably wouldn't have had Grant and Lee not engaged in an extensive chase-fight-siege-chase across the state at the end of the war that ended at a dinky railroad depot at Appamattox.
✍️ 管理人: これマジでマクリーンさん悪くないんよな。ぐう正論。当時のアポマトックス・コートハウスは人口150人くらいの本当に小さな集落で、言うなれば「日本の山奥の限界集落に逃げました」レベルの選択やったらしい。それでも戦争が追いかけてきたっていうのがもう運命の悪戯としか言いようがない。個人的には、戦争末期のグラントのリー追撃戦は戦史的にも名勝負として語り継がれてて、その最後のオチがこの家っていうのが歴史の劇的すぎる伏線回収感あるわ。
夕食中に砲弾が家に飛び込んできたことがあるらしい草
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I heard a cannonball once flew into his house during dinner
✍️ 管理人: ファーwww 実際これ事実らしくて、1861年7月のブルランの戦い(第一次マナサス)で北軍の砲弾がマクリーン家の離れのキッチンで炸裂したんよ。日本だと「うちの庭に隕石が落ちた」レベルの超レアケースやけど、南北戦争中のバージニア農民にとってはリアルな日常やったという。そら引っ越すわ。ちなみにこのブルランの戦いは観光気分で見物に来たワシントン市民が戦闘巻き込まれて大パニックになった逸話もあって、当時のアメリカ人が戦争を舐めてたエピソードとして有名やね。
「早くしてよマーサ!こっちは戦争なんだぞ!」
「そんなに早くしろって言うなら、逆にもっとゆっくりやるからね!」(屋根に砲弾がドカン)
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Hurry up Martha. There is a war out here!
The more you tell me to Hurry up, the slower I will go! (Canonball lands in the roof)
✍️ 管理人: 夫婦喧嘩してる間に砲弾落ちてくる家、シュールすぎて草。日本でも夫婦喧嘩のテンプレってあるけど、背景で戦争してるのはさすがに草原生える。ちなみに南北戦争は「兄弟戦争」とも呼ばれてて、同じ家族の中で北軍と南軍に分かれて戦うケースも多かったらしい。そう考えると夫婦で避難の支度しながら口喧嘩してるのは平和な方かもしれん。
それはケン・バーンズ先生に教わったやつw
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“In the summer of 1861 Wilbur McLean had had enough. Two huge armies converged on his farm in what would be known as Bull Run, the fist major battle of the Civil War. A Union cannonball went as far as exploding in his summer kitchen. Fed up, he uprooted his family and moved them far west of Richmond, to what he hoped, was an out of the way dusty old crossroads named Appomattox Courthouse. And it was there, 4 years later that Robert E. Lee surrendered to Ulysses S Grant. Making him able to rightfully say “the war began in my front yard and ended in my front parlor”.
– opening Ken Burns Civil War
✍️ 管理人: ケン・バーンズは1990年にPBSで放送された伝説的ドキュメンタリー『The Civil War』の監督で、アメリカ人の南北戦争観を決定づけた人やね。日本で言うなら司馬遼太郎みたいな立ち位置というか、「国民の歴史認識を作った人」レベル。放送当時4000万人が見たって言われてて、このマクリーンのエピソードもそこで全米に広まった鉄板ネタらしい。個人的にはこういう「歴史オタクあるある」的な反応が出てくるコメント欄、平和で好き。
1861年の夏、ウィルバー・マクリーンはもう完全にうんざりしてた。後に南北戦争最初の大規模戦闘として知られるブルランで、二つの大軍が彼の農場に押し寄せてきたんや。北軍の砲弾は、ついに離れの台所で炸裂するところまでいった。
さすがにブチ切れた彼は家族を連れて引っ越しを決意。リッチモンドのはるか西、こんな辺境ならもう戦争も来ないやろ……と見込んだアポマトックス・コートハウスっていう埃っぽい田舎の四つ角へ移住した。
で、その4年後――まさにその場所で、リーはグラントに降伏することになる。
おかげで彼は、こう言っても全然盛ってない人になった。
「この戦争はうちの前庭で始まって、応接間で終わった」
– ケン・バーンズ『The Civil War』冒頭より
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“In the summer of 1861 Wilbur McLean had had enough. Two huge armies converged on his farm in what would be known as Bull Run, the fist major battle of the Civil War. A Union cannonball went as far as exploding in his summer kitchen. Fed up, he uprooted his family and moved them far west of Richmond, to what he hoped, was an out of the way dusty old crossroads named Appomattox Courthouse. And it was there, 4 years later that Robert E. Lee surrendered to Ulysses S Grant. Making him able to rightfully say “the war began in my front yard and ended in my front parlor”.
– opening Ken Burns Civil War
✍️ 管理人: この「前庭で始まって応接間で終わった」ってフレーズが文学的すぎて鳥肌立つわ。英語だと"The war began in my front yard and ended in my front parlor"で、これアメリカの歴史教育では超有名な一節らしい。日本で例えるなら「桶狭間で始まった戦乱が、大坂の陣で終わった場所がうちのリビングだった」みたいな感じか……いや意味分からんな。とにかく歴史の偶然ってレベルじゃないくらい奇跡的なオチで、これノンフィクションなのがヤバい。
記事から引用:
「式典が終わると、ポトマック軍の兵士たちは家の中のテーブルや椅子、その他いろんな家具を――要するに固定されてないものは何でも――“記念品”として持っていき始めた。抗議するマクリーンに金を渡しながら、家財を次々とかっさらっていったのである。エドワード・オード少将は、リーが降伏文書に署名したテーブルに40ドル(現在の価値で841ドル相当)を支払い、フィリップ・シェリダン少将は、グラントが草案を書いたテーブルを金貨20ドル(現在価値で421ドル相当)で持っていった。」
まあ一応お金は払ってもらえてるけど……いや、ひっでえな草 😲
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From the article: _Once the ceremony was over, members of the Army of the Potomac began taking the tables, chairs, and various other furnishings in the house — essentially, anything that was not tied down — as souvenirs. They simply handed money to the protesting McLean as they made off with his property.[4] Major General Edward Ord paid $40 (equivalent to $841 in today's dollars)[5] for the table Lee had used to sign the surrender document, while Major General Philip Sheridan took the table on which Grant had drafted the document for $20 (equivalent to $421 in today's dollars) in gold._
Well, at least he was compensated, but…damn. 😲
✍️ 管理人: ひどすぎて草も生えない。現代価値で841ドル=約12万円、421ドル=約6万円って、歴史的テーブルの値段としては絶対安すぎるやろ。日本円にしても骨董品としての価値考えたら破格の叩き売り状態。ちなみにその降伏テーブルは今スミソニアン博物館(シカゴ歴史博物館という説も)に所蔵されてて、推定価値は数百万ドル級らしい。シェリダン将軍、歴史の勝ち組すぎる。マクリーンさん、戦争で住居を2回破壊されかけた挙句、最後は家具まで持ってかれるって踏んだり蹴ったりすぎて泣ける。
俺のキャベツがぁぁぁ!
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My cabbages!
✍️ 管理人: 来たわ『アバター 伝説の少年アン』のキャベツ売りのおっさんネタ。海外Redditでは何か破壊される系のスレに必ず湧くテンプレで、日本で言う「あ…ありのまま起こった事を話すぜ!」みたいな鉄板ミームなんよ。マクリーンさんの農場が砲撃で吹っ飛ばされる様子と、戦争のたびに屋台ぶっ壊されるキャベツおじさんがシンクロして最後のオチとして完璧すぎる。こういうカルチャーの混ざり方がRedditの醍醐味やね。
💭 管理人の感想
いやー、マクリーンさんの人生、歴史の皮肉の教科書に載せるレベルやろこれ。戦争から逃げるために何十マイルも離れた田舎に引っ越したのに、4年後には敵味方の将軍が自宅リビングで降伏調印してるって、もはや運命に愛されてるのか嫌われてるのか分からん。しかも降伏後は兵士たちに家具を強奪されるおまけ付きで、戦争の始まりから終わりまで全部巻き込まれた唯一無二の民間人なんよな。日本で言うなら、関ヶ原の戦いに巻き込まれて引っ越した農民が、大坂夏の陣の降伏式を自宅でやられるようなもんで、そんな偶然ある?ってレベル。ちなみに現代価値で家具代841ドル(約12万円)って、歴史的価値考えたら完全に足元見られてるよな。南北戦争って総死者60万人超えてアメリカ史上最悪の戦争やけど、こういう個人エピソードに光を当てると一気に身近に感じられて面白い。戦争の悲惨さと人間の運命の不思議さが両方詰まった、完璧すぎる歴史の小話やと思うわ。みんなやったらこの状況でどうする?ワイなら3回目の引っ越しで完全に無人島目指すで。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“Fed up, he uprooted his family”
🔊 読み方: フェッド アップ、ヒー アップルーテッド ヒズ ファミリー
🇯🇵 意味: うんざりして、家族ごと引っ越した
💡 「fed up」は何かに我慢の限界がきた状況で使うカジュアルな表現。例:『I'm fed up with this job, I'm moving to the countryside.(この仕事にはもううんざり、田舎に引っ越すよ)』のように、限界に達して大きな行動を起こす場面で使える。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Er hatte die Nase voll (エア ハッテ ディー ナーゼ フォル)
→ 直訳は「鼻がいっぱいだった」で、「もううんざり」という日常会話で非常によく使われる慣用表現。
🇫🇷 フランス語: Il en avait ras-le-bol (イル アン アヴェ ラ・ル・ボル)
→ 「ras-le-bol」は「器の縁までいっぱい」の意で、フランス人が日常的に使う「もう限界」を表すくだけた表現。
🇰🇷 韓国語: 질려서 이사 가버렸다 (チルリョソ イサ カボリョッタ)
→ 「질리다」は「うんざりする・飽き飽きする」の意で、限界に達した結果の行動を語るときに自然に使われる。
🇪🇸 スペイン語: Harto, se mudó con toda la familia (アルト、セ ムド コン トダ ラ ファミリア)
→ 「estar harto」は「うんざりしている」を表す日常表現で、スペイン語圏で広く使われるカジュアルな言い回し。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


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