1983年、フィリピンで暗殺された政治家ニノイ・アキノ。普通なら遺体は綺麗にして安置するもんやけど、母親のアウロラは「防腐処置も化粧もするな」と葬儀場に頼んだんよ。血まみれの服のまま、顔の銃創もそのまま。独裁者マルコスへの、これ以上ない無言の抗議やったんやな。海外の反応見ていこうや。
ジャクリーン・ケネディにも似たような話があるわ。彼女はあの日ずっと血まみれのピンクのスーツを着続けたんよな。暴力の証人であり続けるための、反抗的で意識的な決断として。着替えを拒んで側近に「彼らに、ジャックに何をしたのか見せてやりなさい」って言ったらしい。病院に着いた時、大統領の脳の一部まで手に持ってて、それを医師に渡したんだとか。
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Something similar with Jackie Kennedy. She continued to wear the blood-stained pink suit for the rest of the day *as a defiant, conscious decision to bear witness to the violence. She refused to change, telling aides, "Let them see what they've done to Jack*."
She was even carrying some of the President's brain matter in her hands when she arrived at the hospital and handed it over to the doctors.
✍️ 管理人: これマジで有名な話なんよな。ジャッキーのピンクのスーツ(シャネル製)は今もアメリカ国立公文書館に保管されてて、2103年まで公開禁止らしい。母親や妻が暴力の現実を「見せる」っていう抗議の形、洋の東西問わずあるんやな。日本だと遺体は綺麗にして送り出すのが普通やから、こういう発想自体がちょっと衝撃やわ。ぐう正論というか、ぐう壮絶。
エメット・ティル方式やな
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The Emmet Till approach
✍️ 管理人: エメット・ティルは1955年にミシシッピで白人にリンチされて殺された14歳の黒人少年や。母親のメイミーが「世界に息子の遺体を見せたい」って葬儀をオープンキャスケット(棺を開けたまま)にして、損傷した顔を全米に晒したんよ。これが公民権運動の大きなきっかけになった有名な事件。「遺体を見せる」って抗議手段、歴史的に何度も繰り返されてるんやな。重い話やけど知っといて損はない。
その妻コラソン・アキノは、それまで政治家としての経歴がなかったのに、独裁者側に有利に不正操作された選挙でその独裁者をぶっ倒してフィリピン大統領になったんよな。で、今も続いてる民主憲法を制定した。マジで伝説級。彼女はフィリピンの「民主主義の母」って呼ばれてるわ。
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His wife, Corazon Aquino, who had no previous political position, then beat a dictator in an election that was rigged in the dictator's favor, and became president of the Philippines, and established the new democratic constitution of the country which remains it's constitution today. Pretty legendary NGL, she's known as the mother of democracy in the Philippines.
✍️ 管理人: これがいわゆる「ピープルパワー革命」(1986年)やな。マニラの大通りに何百万人もの市民が集まって、戦車の前に立ちはだかったあの伝説の革命や。コラソン・アキノはTIME誌の「今年の人」にも選ばれてる。日本だと女性首相すらまだ出てない状況やけど、フィリピンは80年代にもう女性大統領誕生してたんよな。ちなみに息子のベニグノ3世も後に大統領になってて、まさにアキノ家はフィリピン政治のケネディ家みたいな存在やわ。
うちの子がこんな無残な姿にされちまって……
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Look how they massacred my boy.
✍️ 管理人: 親の心情を一言で表してて重いわ。アキノは飛行機を降りた直後、軍の護衛が囲んでる中で頭を撃たれたんよ。容疑者は別にいることになってるけど、誰がどう見ても政府関与の暗殺やった。日本だと安倍元首相の事件があったけど、あれも衝撃やったよな。政治家暗殺ってどの国でも社会の流れを変えてしまう。ニノイの場合は皮肉にも、それが独裁政権終焉のトリガーになったわけや。
リンク先にかなりグロい写真あるから注意な:https://www.philstar.com/other-sections/newsmakers/2016/08/23/1616169/perhaps-dream-didnt-die-him
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Very NSFW photo at the link:

✍️ 管理人: ちなみにフィリピンではこの暗殺現場のマニラ空港、後に「ニノイ・アキノ国際空港」に改名されてるんよ。空港コードもMNLやけど正式名称はNAIA。暗殺された場所が国際空港の名前になるって、フィリピンがどれだけこの事件を重く受け止めてるかわかるよな。日本で例えるなら羽田が「○○空港」って人名に改名されるレベルの話や。個人的にはこういう歴史の刻み方、嫌いじゃないわ。
💭 管理人の感想
今回はフィリピンの民主化運動のきっかけになったニノイ・アキノ暗殺事件の話やった。母アウロラの「防腐処置も化粧もするな」って決断は、ジャッキー・ケネディの血染めのスーツ、エメット・ティルのオープンキャスケット葬と並ぶ、歴史を動かした「見せる抗議」の代表例なんよな。日本だと遺体は綺麗にして送り出すのが当たり前やから、こういう発想自体がカルチャーショックやけど、独裁政権下では正攻法の抗議ができないからこそ、こういう手段が選ばれたんやろう。結果として3年後の1986年、妻コラソンがピープルパワー革命でマルコス独裁を倒して大統領になり、フィリピンは民主化した。一発の銃弾が独裁を終わらせたっていう、歴史の皮肉な転換点や。日本でも安倍元首相の事件があったけど、政治家暗殺の影響ってマジで計り知れんよな。みんなはこういう「あえて見せる」抗議についてどう思う?やりすぎだと思う?それとも必要な行為やと思う?
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“Look how they massacred my boy”
🔊 読み方: ルック ハウ ゼイ マサカード マイ ボーイ
🇯🇵 意味: 「見てくれよ、こいつをこんなにひどくしやがって」という嘆きのフレーズ。
💡 映画『ゴッドファーザー』の有名な台詞が元ネタで、誰かが(特に好きなキャラや人物が)ひどい扱いを受けた時や、見た目が台無しにされた時に大げさに嘆くミーム的表現。例えば友達がひどい髪型にされて帰ってきた時に「Look how they massacred my boy…」と冗談めかして言える。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Schau, was sie aus ihm gemacht haben (シャウ ヴァス ジー アウス イーム ゲマハト ハーベン)
→ 「彼をこんな姿にしやがって」という嘆きを表す自然なドイツ語表現で、同情と非難が混じったニュアンス。
🇫🇷 フランス語: Regarde ce qu'ils ont fait de lui (ルガルド ス キル オン フェ ド リュイ)
→ 「彼をどうしちまったか見てみろよ」という意味で、悲嘆と憤りを込めた決まり文句的な言い回し。
🇰🇷 韓国語: 쟤를 어떻게 만들어 놨는지 봐 (チェルル オットッケ マンドゥロ ノァンヌンジ ブァ)
→ 「あいつをどんな風にしちゃったか見てよ」という口語的な嘆き表現で、友達同士の会話でも使える自然な韓国語。
🇪🇸 スペイン語: Mira cómo me lo dejaron (ミラ コモ メ ロ デハロン)
→ 「彼をこんな状態にしちゃってさ」という意味で、所有や愛着を示す「me」を入れることで嘆きの感情が強調される自然な表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


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