16世紀のスペインがガチで「中国征服計画」を立ててたって知ってた?しかも単に攻め込むだけじゃなくて、中国をキリスト教国家にして、中国人とスペイン人の混血民族を作って、そこからオスマン帝国を東西から挟み撃ちにするって構想なんよ。イエズス会が主導してフェリペ2世も承認してたっていうから、もう壮大すぎてワロタ。海外ニキたちのツッコミがキレッキレだったのでまとめたわ。
たぶんスペイン側は、アメリカ大陸で楽勝続きだったせいで調子に乗ってたんやろね。でも中国には鋼鉄も馬も火薬もあったし、ヨーロッパ由来の疫病への耐性もある。しかも人口も桁違いに多い。スペイン兵に多少の技術的・戦術的な優位はあったとしても、まあうまくいかんかったと思う。
原文を見る
I guess the Spanish got overconfident after their easy victories in the Americas. The Chinese had steel, horses, gunpowder and exposure to European diseases. And huge numbers of people. Spanish soldiers had small advantages in technology and tactics, but it would not have gone well for them.
✍️ 管理人: ぐう正論。アステカやインカが落ちたのって、実は天然痘とかの疫病で人口が9割近く減ったのがデカいんよな。中国は元々ユーラシア大陸でずっと交易してたから免疫もあるし、明代の人口は約1億5000万人で当時のスペインの15倍以上。日本の戦国時代と違って中央集権がガッチリ効いてた時期だから、ガチで挑んだら逆に返り討ちにされてたと思うわ。個人的には、もし実行してたら世界史の教科書が全部書き換わるレベルの大惨事になってた気がする。
>中国をキリスト教国家にして、さらに中国系/ヒスパニック系の新しい民族を生み出すことで
それを「フアン・ワン計画」って呼びたくなるのを必死でこらえてる草【訳注: "Juan" はスペイン語圏の一般的な男性名で、"Wan" は中国語系の姓っぽい響き】
原文を見る
>by turning China into a Christian country and a new race of Chinese/Hispanic people
Trying desperately not to refer to it as the Juan Wan plot…
✍️ 管理人: ファーwww 海外ニキのダジャレセンス、相変わらずキレてんな。日本で言うと「太郎・王(ワン)計画」みたいなノリやろか。ちなみにフィリピン(マニラ)は実際にスペインの拠点になってて、当地の中国系移民とスペイン人の混血(メスティーソ)が今もフィリピン社会の上層部を形成してたりする。だから完全な妄想計画ってわけでもなくて、フィリピンでは部分的に実現しちゃってたんよな。これマジで歴史の闇深い。
スペイン(とポルトガル)は、アジアを征服して、そこから東側からオスマン帝国をぶっ叩こうという発想にかなり取りつかれていた。
スペインとポルトガルのかなり広い地域は、何世紀にもわたってイスラム王朝に支配されていた。1492年はコロンブスが大西洋を渡った年ってだけじゃない。スペインが最後のイスラム王国をイベリア半島から追い出した年でもある。イベリアでは、まだレコンキスタのノリがずっと続いてたわけだ。
でも当時のオスマン帝国はまさに全盛期。西から正面で殴りかかってもうまくいかんかった。じゃあ東西から同時に挟めばワンチャンあるんじゃね?っていう発想だった。
この考え方はかなり長いこと続いた。最終的に諦めたのはオスマン帝国を征服したくなくなったからじゃなくて、さすがに無理ゲーって気づいたからだ。
原文を見る
Spain (and Portugal) had an obsession with conquering Asia so they could then attack the Ottoman Empire from the east.
Large parts of Spain and Portugal were ruled by Islamic kingdoms for centuries. 1492 wasn’t just the year Columbus sailed the ocean blue. It was also the year Spain pushed the last Islamic kingdom out of Spain. The Reconquista mindset was still ongoing in Iberia. The next Islamic targets were the states of North Africa, but they were quite capable themselves, and could not be attacked without risking conflict with the Ottoman Empire.
But the Ottoman Empire was at the height of its power. Direct attacks against them and Morocco from the west were unsuccessful. So maybe if they could get at them from both the east and west simultaneously, they could succeed, and continue the conquest of Muslim lands.
This mindset went on for quite a long time. They gave up eventually, not because they didn’t want to conquer the ottomans, but because they eventually realized the plan was ridiculous and would never work.
✍️ 管理人: この解説、有能すぎる。レコンキスタ完了とコロンブスの航海が同じ1492年っていうのが激熱なんよな。要するに「イスラム勢力を追い出した勢いそのまま地球の裏側まで行こうぜ!」っていうノリ。日本で例えるなら、戦国時代終わった直後の徳川家がそのまま大陸進出を本気で計画するみたいな話。当時のオスマン帝国はスレイマン1世の頃で、ウィーンを包囲するレベルの最強国家だったから、東西挟撃でなんとかしたい気持ちはわからんでもない。ちなみにこの「オスマン挟撃」の発想、後のロシアやハプスブルクにも引き継がれてて、地政学のロマン詰まってるわ。
3か月ごとに誰かがこれをここに貼るんやけど、そのたびに何度でも言わなあかんのが、これは最初から本物の計画なんかじゃなくて、マニラの植民地役人たちが王の気を引いて、資金や物資を引っ張ろうとしてただけってことなんよな。
原文を見る
Every three months someone posts this here, and every three months it has to be repeated that it was never a real project, only attempts by colonial officials in Manila to get the king's attention and receive funding and supplies.
✍️ 管理人: おっと冷や水を浴びせるニキ登場。これも一理あって、当時のマニラ総督サンデ(Francisco de Sande)が「中国いけますよ!兵隊と金くれ!」って王に提案書送りまくってたのは記録に残ってる。フェリペ2世は基本「却下」してたんやけど、一部承認した文書もあって、そこが今回の元ネタ。日本の戦国武将が「俺に兵をくれれば京都取れます!」って盛るのと同じ構造やな。役人の出世ムーブで生まれた計画書って考えると一気に生々しくなるわ。歴史って結局こういうサラリーマン的事情で動いてること多いよな。
うまくいった?
原文を見る
Did it work?
✍️ 管理人: ストレートな質問で草。明らかに失敗したんですよ……今ここに中国があるってことは。こういうボケ、Redditだと定番ネタで、わかった上で言ってる感じなんよな。日本のなんJで言うところの「で、結果は?」みたいなノリ。短文で全部持っていくセンス、嫌いじゃない。
この計画、めっちゃ「高校のアメフト辞めてなきゃ俺プロ行けてたのに!」ってイキり散らかしてる感じで草
原文を見る
This plan has big "I coulda gone pro after high school football!" energy.
✍️ 管理人: クッソワロタ。例えがうますぎる。アメリカでは「Glory Days(栄光の日々)症候群」って呼ばれる、過去の自慢話ばっかするおじさんネタが定番なんよな。日本でいう「俺、昔ヤンチャしてたわ〜」おじさんと同じ構造。スペインも一回アメリカ大陸で大成功したせいで「俺ら最強やんけ!中国もイケる!」って勘違いしちゃったわけで、まさにそれ。歴史上の超大国も結局おっさんのイキりと同じってのが、なんかしみじみくる話やわ。
💭 管理人の感想
いやー、歴史って調べれば調べるほどぶっ飛んだ計画が出てきて面白いわ。スペインがガチで中国征服→キリスト教化→混血民族でオスマン挟撃って、もはや戦国SF小説のレベル。当時のスペインは無敵艦隊の全盛期で、日本でいうと織田信長〜豊臣秀吉の時代と被るんやけど、秀吉も明征服を本気で考えてたあたり、東西の覇者が同時期に「中国いけるやろ!」って思ってたのが歴史のロマンよな。実際は明の人口1億5000万 vs スペイン本国800万って時点で勝負にならんし、補給線も地球の裏側で無理ゲー。それでも計画書が残ってるあたり、人間の野望って怖い。日本だと秀吉の朝鮮出兵がギリ実行されちゃった分、スペインより一歩踏み込んじゃった感あるけど、どっちも結局失敗してる。歴史見てると「調子に乗った帝国は必ずコケる」っていう法則あるよな。みんなはもしスペインが中国侵攻を実行してたら歴史どうなってたと思う?個人的にはマニラで返り討ちで終わってた説に1票やわ。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“it would not have gone well for them”
🔊 読み方: イット ウッド ノット ハヴ ゴーン ウェル フォー ゼム
🇯🇵 意味: 彼らにとって良い結果にはならなかっただろう
💡 ある計画や対決が失敗・悲惨な結末を迎えただろうと予測する時の婉曲表現。例えば「もし一人で乗り込んでたら、It wouldn't have gone well for him(彼にとって良い結果にはならなかっただろうね)」のように、直接「負けた」と言わず控えめに最悪の事態を示唆する場面で使う。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Das wäre für sie nicht gut ausgegangen (ダス ヴェーレ フューア ジー ニヒト グート アウスゲガンゲン)
→ 「ausgehen(結末を迎える)」を使った定番表現で、英語と同じく結果を婉曲に示唆する時に使う。
🇫🇷 フランス語: Ça aurait mal tourné pour eux (サ オレ マル トゥルネ プール ウー)
→ 「mal tourner(悪い方向に向かう)」は日常会話で頻出のイディオムで、悲惨な結末を控えめに表現する。
🇰🇷 韓国語: 그들한테 좋게 끝나지 않았을 거야 (クドゥランテ チョッケ クンナジ アナッスル コヤ)
→ 「좋게 끝나다(良く終わる)」の否定形で、英語と同じく直接的な「負け」を避けた婉曲な言い回し。
🇪🇸 スペイン語: No les habría ido bien (ノ レス アブリア イド ビエン)
→ 「irle bien a alguien(〜にとってうまくいく)」の否定の過去形で、仮定の悪い結末を語る時の自然な表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


コメント