「ポチョ」って言葉、知ってた?メキシコ本国のメキシコ人が、アメリカ育ちのメキシコ系(チカーノ)をちょっと皮肉って呼ぶスラングなんよ。今回はr/mexicoに「本国のメキシコ人がメキシコ系アメリカ人を仲間扱いしないのは偽善じゃね?」ってスレが立って、444コメントの大盛り上がりになったわ。北と南でも文化が違うのに、なんで同じメキシコ人として認めないんだ、っていう主張なんだけど、返ってきた答えがなかなか鋭くて考えさせられたで。
📝 スレ主
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¿Solo a mí me parece hipócrita o a alguien más también le parece que los mexicanos nacidos en México no aceptan a los mexicano-americanos (nacidos y criados en EE.UU.) como parte de los suyos? Uno de sus principales argumentos es que no tienen la misma cultura, que no hablan mucho español, etc. Pero en mi opinión, esos son puntos bastante inválidos porque un mexicano del sur (de Oaxaca) puede no tener el mismo tipo de cultura que alguien de Nuevo León o Zacatecas (del norte en general), ya que tienden a ser mucho más indígenas y probablemente crecieron hablando una lengua indígena en lugar del español.
Lo que también me parece hipócrita es que van a criticar a los mexicano-americanos cuando dicen que son americanos y no mexicanos, o simplemente cuando expresan algo que les gusta de su cultura americana. Lo más probable es que te llamen “Nopal” o algo que te haga ver como un “traidor.”
Pero luego van a alabar a cualquier europeo blanco cuando come tacos de un taquero random en la Ciud
偽善的? まあ、そうだね。
でも、メキシコ人全体に広くある考えってほどでもないと思う。基本的に、誰かが自分をメキシコ人だと思ってるかどうかなんて、俺らはマジでどうでもいい。
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Hipócrita? Si
Pero tampoco me parece algo muy extendido sobre la población mexicana. En general nos vale pito si alguien se siente mexicano o no.
✍️ 管理人: まさかの「どうでもいい」で始まる最高評価コメントで草。受け入れない以前に、そもそも関心がないっていう温度差がリアルだわ。日本でも海外の日系人が「自分は日本人」と言ってきても、「へー」くらいで特に何とも思わない人多いやろ?それと似た感覚なんかも。個人的には、質問者は「拒絶されてる」と感じてるけど、相手は拒絶すらしてないっていうすれ違いが本質な気がするわ。
違いは2つある。
文化や言語をありがたく思い、大切にし、敬意を払い、学ぼうと努力するグループ。
VS
自分たちがその文化を代表してると思い込んでるけど、実際は何も知らなくて、文化や言語の一部を勝手に変えちゃうグループ。
言語の例でいうと、「carpeta」を「じゅうたん」の意味で使ったり、「laquear」を「鍵をかける」の意味で使ったりとか。
文化の例なら、アメリカで5月5日を「メキシコ人」を象徴する日みたいに祝って、まるで独立記念日みたいに扱ってるのに、本当の独立記念日がいつかも知らない、みたいな。
個人的には、その人がどこで生まれたかはどうでもいい。大事なのは、私の文化を大切に思ってくれるか、私のメキシコについて学ぼうとしてくれるかどうか。
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La diferencia recae en 2 cosas.
Un grupo que aprecia, valora y respeta la cultura y/o el idioma y hace un esfuerzo por aprender.
Vs
Un grupo que piensa que representa a la cultura y en realidad no sabe y termina modificando ciertas cosas de la cultura y/o el idioma.
Ejemplo, en idioma: carpeta (alfombra), laquear (poner seguro) etc
Ejemplo en cultura, celebrar 5 de mayo en Estados Unidos al punto que es la fecha identificadora de "mexicanos" como si fuera la independencia y no saber ni cuando es la fecha de la independencia.
A mi en lo personal no me importa donde nació alguien. Me importa si quiere a mi cultura, si se esfuerza en aprender acerca de mi México.
✍️ 管理人: ぐう正論やな。生まれより姿勢で判断するって、実はめっちゃ寛容な考え方なんよ。豆知識やけど、5月5日のシンコ・デ・マヨはプエブラの戦い(1862年)の記念日で、独立記念日は9月16日なんだわ。アメリカではビールの販促イベントとして超盛り上がるけど、メキシコ本国ではほぼプエブラ州の地元行事レベルなんよ。日本人が海外で「寿司の日」みたいなのを勝手に日本の国民的行事扱いされてるのを見た感じに近いかもな。ちなみにcarpetaは本来「フォルダ」の意味で、英語のcarpetに引っ張られた言い換えなんやろな。
違う。ポチョってのは、「メキシコ大好き」とか言ってイキってるくせに、メキシコのことを何も学ぼうとしないし、ましてや休暇で来ることすらしない連中のこと。なのに、何かが「メキシコ人を侮辱してる」ってなると真っ先に立ち上がってブチギレるんだよな。笑えるのは、俺らが好きだったり別にどうでもよかったりするものに勝手に怒ってること。たとえば『マリオ オデッセイ』の表紙のメキシコ風マリオとか、スピーディー・ゴンザレスとか。
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No. Los pochos son los que maman con que adoran a mexico pero no se dignan en aprender nada y mucho menos venir siquiera de vacaciones, pero son los primeros en pararse y enojarse cuando algo "ofende" a los mexicanos (chistoso porque se enojan por cosas que nos gustan o nos dan igual, como el Mario mexicano en la portada de Mario odeyssy o Speedy Gonzalez)
✍️ 管理人: 「代わりに怒ってくれてるけど、当事者は別に怒ってない」ってパターン、ネットでは万国共通のあるあるだわ。スピーディー・ゴンザレスは、実はラテンアメリカ圏ではむしろ人気キャラで、放送禁止になった時に本国の視聴者が「なんで?」ってなった話が有名なんよ。日本でも「外国人が日本の◯◯は差別的だと怒ってるけど、日本人は全然気にしてない」みたいな話、たまに見るやろ。ワイ的には、善意なのはわかるけど、当事者に聞いてから怒ってくれって思うわ。
メキシコ人にもいろんなタイプが山ほどいるし、メキシコ系アメリカ人にも山ほどいろんなタイプがいるんだよね。
そのうえで言うと、これはどっちかというと階級意識の欠如の問題だと思う。俺が実際に会って「うわ、感じ悪っ」ってなったのは、こっちに来て、16歳で自分の車も持てない、クレジットカードの利用枠もない、実家にネット200Mbps付きのテレビが1台あるくらい、ってことに驚いてくる連中。しかもそのうえで「いや、向こうじゃ部屋ごとにStarlink付きテレビがあって、家族ひとりに1台ずつ車があるんだけど」とか言ってくる。
でももっと深く見ると、チランゴと同じことが起きてるんだよね。【訳注: 「チランゴ」はメキシコシティ出身者・在住者を指す俗称だが、ここでは「地方からメキシコシティに出て、地元に戻ってくる人」という意味で使っている。】あいつらがどの州に行っても、自分たちは国中の資源を吸い上げる都市にいるおかげで得られているアクセスの良さを、いちいち見せびらかしてくる。
で、最後に言うと、印象がまったく違うのは、メキシコがかなり終わってるのを分かったうえで、それでもいろんなものを「こっちのほうが優れてるから」じゃなく、「違っていて、自分の価値観に合っているから」評価してくれる人たちなんだよね。たとえば、メキシコの“生きてる”ショッピングモールとか、公園や広場に人がいっぱい集まってること、自然な食べ物、村のあたたかい雰囲気、それにメキシコのいくつかの都市では徒歩でいろいろ行きやすいところとか。
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Es que hay un chingo de tipos de mexas y un chingo de mexa-mericanos.
Establecido eso, es mas una cuestion de falta de conciencia de clase que otra cosa, los que me ha tocado que caen mal son los que llegan aca y se sorprenden que a tus 16 anos no puedas tener tu carro, una linea de credito y que en la casa familiar haya una tele con internet a 200 Mbps y encima te digan que es que ellos alla tienen una tele por cuarto con starlink y un carro para cada miembro de su familia.
Pero si lo vemos mas a fondo, pasa lo mismo que con los chilangos, (entienda que chilango es el provinciano que se va a la CDMX y regresa a su pueblo) en cada estado al que van restriegan todo el acceso que ellos por estar en una ciudad que saquea los recursos del resto del pais tienen.
Y para acabar caen muy diferente ( y por alguna razon estas han sido mis experiencias) los que saben que Mexico esta de la chingada pero aprecian todas las cosas no por ser mejores sino porque son diferentes o mas alineadas con sus valores, por ejemplo los malls" vivos de mexico, o que parques y plazas estan llenos, la comida natural, el ambiente calido de los pueblos y la facilidad de acceso en varias ciudaddes de Mexico a pie.
✍️ 管理人: 問題は国籍じゃなくてマウント問題っていう視点、めっちゃ的確だわ。日本でも東京から地方に帰省した人が「こっちは電車が少なくて不便だよね〜」って言って微妙な空気になる、あれと全く同じ構造やろ。チランゴはメキシコシティ民を指すスラングで、地方民からするとちょっと鼻につく存在扱いされがちなんよ。個人的には、「違うものを違うまま楽しめる人」が一番好かれるっていう結論は国が変わっても変わらんと思う。なお、この訳注の使い方は原文と少しニュアンスが違うかもしれんけど、細かいスラングの意味は地域でも変わるんよな。
これは、ホセ・オリバレスが書いた、私のお気に入りの詩の一節です。
>私の両親はメキシコ系だ
>でも、メキシコに今も住んでいるメキシコ人と
>混同してはいけない。彼らは自分たちをメヒカーノスと呼ぶ。
>パーティーにいる白人たちは彼らを「かわいそうな人たち」と呼ぶ。
>アメリカの大学は彼らを「留学生」かつ「多様性」と呼ぶ。
>母はメキシコでは白人で、父はメスティーソだった
>そして国境を越えたあと、二人は「多様性」になった。「マイノリティ」になった。「エスニック」になった。「エキゾチック」になった。
>でも私の両親は自分たちをメヒカーノスと呼ぶ。
>ここでもまた、メキシコに住むメヒカーノスと
>混同してはいけない。そのメヒカーノスたちは
>私の家族をグリンゴと呼ぶかもしれない。私の家族が
>白人たちをそう呼ぶ言葉で、白人たちは私の両親を「異人種間カップル」と呼ぶ。
>大学は言う、「パンフレットに載せよう」。
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Este es un extracto de uno de mis poemas favorits, escrito por Jose Olivares:
>my parents are Mexican who are not
to be confused with Mexicans still living
in México. those Mexicans call themselves mexicanos.
white folks at parties call them pobrecitos.
American colleges call them international students & diverse.
>my mom was white in México & my dad was mestizo
& after they crossed the border they became diverse. & minorities. & ethnic. & exotic.
>but my parents call themselves mexicanos,
who, again, should not be confused for mexicanos
living in México. those mexicanos might call
my family gringos, which is the word my family calls
white folks & white folks call my parents interracial.
colleges say put them on a brochure.
✍️ 管理人: 急に詩が出てきて、スレの空気が一気にしっとりしたわ。国境を越えた瞬間に、同じ人が「白人」から「マイノリティ」「エキゾチック」に変わるって、ラベルは場所で勝手に貼り替えられるんだなってゾッとする表現やった。日本でも、海外だと「アジア人」ってひとくくりにされて、日本だと国籍や出身地で細かく見られる、みたいな感覚に近いかもな。詩の細かい引用や作者情報はワイも裏取りしてないから、気になる人は自分で調べてみてほしいわ。個人的には、どっちの側からも「よそ者」にされる二重のもやもや感が、この話の一番重いところだと思う。
そもそも、受け入れられたいとすら思ってないことが多いんだよね。だからちょっと変に見えて、周りも身構えちゃう。
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Es que muchas veces ni ser aceptados quieren. Es medio raro entonces la gente se pone a la defensiva.
✍️ 管理人: これ、静かにスレ全体のオチを持っていったな。受け入れてほしいわけでもないのに「受け入れないのは偽善だ」と言われても、話がそもそも噛み合わんのだわ。日本でも、本人は普通にしてるだけなのに、周りが勝手に空気読んで身構えちゃうこと、あるやろ。豆知識やけど、アイデンティティの話って「自分がどう名乗るか」と「他人がどう見るか」が別物だから、こじれやすいテーマなんよな。個人的には、お互いに期待しすぎないのが一番ラクな距離感なんやと思うわ。
💭 管理人の感想
今回のスレ、ざっくり言うと「拒絶してるんじゃなくて、そもそも気にしてない」って温度差が本質だったわ。文化や言語が違うって話は北と南でもあるけど、実際に引っかかってるのは生まれた場所より「その文化に敬意を払って学ぼうとしてるか」と「マウントを取ってこないか」の部分なんよな。日本でも、海外生まれの日系人や帰国子女に対して「日本人っぽい/っぽくない」って線を無意識に引いちゃう場面あるやろ。ワイ的には、国籍って書類上の話と、自分がどう名乗るか、周りにどう見られるかがバラバラだから、ややこしくなるんだと思ったわ。詩にあったように、ある場所では「白人」、別の場所では「エキゾチック」って呼ばれる感覚は、二つの国の間で宙ぶらりんになる人にしか分からん重さがあるやろな。前にも「本国民 vs 海外の同胞」系のスレは、フィリピンや韓国の話でも似た議論を見た気がするわ。結局、偽善かどうかより、お互いが違いを違いのまま面白がれるかがポイントなんやと思う。みんなは、海外育ちの日本人が「自分も日本人だ」と言ってきたら、どう感じる?
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Das ist mir wurscht (ダス イスト ミア ヴルシュト)
→ 「ソーセージ=どうでもいい」という口語表現で、友人同士の会話で気軽に使える、同じくらい砕けたニュアンス。
🇫🇷 フランス語: Je m'en fiche (ジュ マン フィッシュ)
→ 日常会話で最もよく使われる「どうでもいい」で、より強くしたい時は「Je m'en fous」と言うが、こちらは少し下品になる。
🇰🇷 韓国語: 상관없어 (サングァノプソ)
→ 「関係ない、気にしない」という意味で、日常的にとてもよく使われる。もっと投げやりな感じにしたい時は「알 게 뭐야」(知ったことか)が近い。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/mexico
📖 この記事のチャンク〜スペイン語フレーズを覚えよう〜
“Me vale gorro”
🔊 読み方: メ バレ ゴロ
🇯🇵 意味: どうでもいい、知ったこっちゃない、気にしない
💡 メキシコで使われるカジュアルなスラング。「Me vale madres」の下品さを和らげた婉曲版で、友達同士や日常会話で気軽に言える。例:「¿Que llegues tarde? Me vale gorro.(遅刻? どうでもいいよ)」。複数の人が主語なら「Nos vale gorro(私たちは気にしない)」。「Me vale madres」は強い俗語なので、目上の人や初対面では避けるのが無難。


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