「今まで行ったアメリカで一番ひどかった場所は?」→ 想像の10倍重い話が集まった件

海外の反応

海外旅行っていうとキラキラした観光地のイメージが強いけど、実はアメリカにも「絶対行きたくない場所」がゴロゴロあるって知ってた?衰退した工業都市、貧困率が全米トップクラスの先住民居留地、悪臭がすごい牧畜の街…。今回はRedditで「今まで行ったアメリカで一番ひどかった場所は?」というスレが5000コメント超えの大盛り上がりだったから、その中身をまとめてみたわ。観光ガイドには絶対載らないリアルなアメリカ、覚悟して読んでくれ。

📌 元スレッド情報

サブレディット: r/AskReddit

言語: 🇺🇸 英語

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サウスダコタ州パインリッジ。

ワイの母親は純血のネイティブ・アメリカン(サウスダコタ州パインリッジ出身のオグララ・ラコタ・スー族で、ニューメキシコ州ファーミントンのナバホ族でもある)。母はアルコールと薬物の問題を抱えてて、子ども時代はマジで過酷だった。何度も引っ越しして、CPS(児童保護サービス)に見つからないように常に逃げ続ける生活。14歳のとき、パインリッジ居留地の親族のところに行って数年間暮らすことになったんだけど、あそこは今まで行った中で一番陰鬱な場所だった。

実質3つの地区しかなくて、それぞれに仲の悪い「ギャング」がいる。どこかに属してて、いるべきじゃない場所で見つかったら集団リンチ。夜中に車でぶらつく、酒飲む、ドラッグやる、喧嘩する、それ以外に何もすることがない。

最初に目撃したのは警察官の自殺。DV通報に対応した後、車を発進させたら後ろに走り込んできた幼い子どもを轢き殺しちゃったんだよ。その通りは「セサミストリート」って呼ばれてた。家族が幼い子どもたちをろくに服も着せず、誰も見てないまま外を走り回らせてたから。みんなが気にしてるのは、次に誰とヤるか、次にどうキメるか、「ギャングスタ」らしく振る舞うこと、あと弱い者いじめだけ。

あまりに凄惨な環境で、幼いいとこの一人は言葉を話すのを拒んで、動物みたいにうなるだけだった。ワイはあそこが大嫌いだった。でも6人きょうだいの長子で母はほとんど家にいなかったから、きょうだいの面倒はワイの仕事。10年生(高1相当)で中退した。どうせあそこの学校じゃ学年より何年も先の内容やってたし、前の学校で何年も前に習ったことをもう一回やるより、きょうだいの世話のほうが大事だったから。

幸い、母が男との酒浸り旅行中にワイらを置き去りにしたおかげで、ワシントン州ブレマートンの叔母のところに引き取られた。もう二度とパインリッジには戻らないって誓った。それでも一回だけ、妹の付き添いで戻ったことがある。11歳のいとこにメタンフェタミンを渡して、たった一回の使用で死なせた女の裁判で妹が証人になったから。幸い女は罪を認めて、ワイらはワシントンに帰れた。

あそこは文字通り地獄で、人生に数え切れない問題を残した。特に人を信頼したり頼ったりできなくなった。ものすごく自立心が強くて何でも一人でやりたがる。幸い、夫はその理由を理解してくれてる。

電気も水道もないトレーラーハウスに住んでたある冬、妹が重度の肺炎になって、叔父が救急ヘリに付き添うことになった。叔父はワイが子どもたちにご飯を食べさせられるようEBTカード(低所得者向け食料支援カード)を置いていってくれたけど、その晩叔母が「様子見に来た」って現れてカードを盗んで、ドラッグ代のために売り払った。

別のときは、ワシントンから来た叔母が学校用の服を買えって200ドルくれたのに、別の叔母にメタンフェタミン代として渡さなかったってだけで「自己中のクソガキ女」って罵られた。

これ全部14〜17歳の話だけど、それ以前からずっと過酷だった。母はずっとアルコールと薬物中毒で、家を出たり戻ったりの繰り返し。ワイは自分を自分で育てて、弟や妹が生まれてからは彼らの面倒も見た。

そのせいで他人とうまく心を通わせられなくなった。いつも一人でいたいし、誰にも邪魔されたくないし、チームで何かするのも絶対嫌。

でも今は自分自身の素敵な家族に恵まれて幸せに暮らしてる。読んでくれてありがとう。ずっと抱えてたものを吐き出せて少し楽になった。

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Pine Ridge, S.D.

My mother is full-blooded Native (Ogalala Lakota Sioux from Pine Ridge, S.D. and also Navajo from Farmington, N.M.) and she had alcoholism & drug problems, so it was a rough growing up. We moved a ton and stayed 3 steps ahead of CPS so we wouldn't get taken away, and we landed with family on the Pine Ridge rez for a few years when I was 14. Most depressing place I have ever been.

It is basically 3 tiny neighborhoods, and each neighborhood has "gangs" that dont get along with each other, so if you are part of one and are seen in a place you "don't belong", you get jumped. There was nothing to do there but cruise at night and drink and do drugs, and fight each other. My first experience there was a police officer who killed himself because after he responded to a domestic abuse incident, a small child ran behind his vehicle as he was pulling out, and he killed the child. The street was called Sesame Street because families let their children run around, barely any clothes, unsupervised. People only cared about their next f*ck or next high, being "gangster" and being bullies. It was so horrifying that I had a little cousin who refused to speak, he would only grunt like an animal. I hated being there, but I am the oldest if 6 and my mom was never around, so I took care of the kids. I dropped out of school in 10th grade (I was years ahead of my grade in school there anyway) because taking care of my siblings was more important than re-learning something I learned already in my last school, years ago.

Thankfully, we got taken away from my mom again when she abandoned us on a drunken trip with a man, and we were taken to live with my Aunty in Bremerton, WA. I promised myself to never go back to Pine Ridge, but I went one time with my little sister because she was a witness in a court case that involved a woman who ahd given our 11 year old cousin meth, which killed her after one hit. Thankfully she pleaded guilty and my sister and I went back to WA.

It was literal hell and caused so many issues in my life, especially trusting people and leaning on people. I am very independent and always want to do things on my own, thankfully my husband understands why. An example is when my little sister caught triple pneumonia one winter because we lived in a tiny trailer with no electricity or running water, and my uncle had to fly with her to Rapid City in a hospital helicopter, he left me his EBT card so I could feed the kids, my aunty came to "check on us" that night and stole the EBT card and sold it for drug money. Another time, an aunt from WA cane to visit family on the rez and she gave me $200 for school clothes (I was still in school at the time) and I was bullied and called a "selfish little b*tch" for not giving money to my aunt for meth. I know I was 14-17 during all of this, but it was rough before as well because my mother had always been an alcoholic & drug addict and was always coming & going, and I was left to raise myself and siblings when they came along. It all really gave me issues with connecting to other people, I always want to be alone and have solitude and never want to work as a team.

I am doing well now, though, with a beautiful family of my own. Thank you for reading, it felt good to get that out.

✍️ 管理人: 正直これは笑えるネタとかじゃなくて、読んでてかなりキツかったわ…。パインリッジがあるオグララ・ラコタ・スー族の居留地(シャノン郡=現オグララ・ラコタ郡)は、全米でも有数の貧困率で、平均寿命が発展途上国並みっていうデータもあるくらいガチのやつ。日本だと「限界集落」って言葉があるけど、パインリッジの場合は貧困+薬物+歴史的な差別が全部重なってて次元が違う。個人的には、こういう当事者の生の声こそがニュースの統計データより何倍も重く響くなって思った。日本でも児童虐待やヤングケアラーの問題は形は違えど存在するし、他人事じゃないなと考えさせられたわ。

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ミシシッピ川沿いのイリノイ州カイロ。かつては栄えた街だったのに、今では見る影もなくて悲しいわ。

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Cairo, IL, used to be a thriving city on the Mississippi River, but it’s just sad now.

✍️ 管理人: カイロはミシシッピ川とオハイオ川の合流点にあって、19世紀は水運の要衝としてめちゃくちゃ栄えてた街なんよな。でも鉄道や高速道路の発達で物流ルートから外れて、1960年代の人種対立も追い打ちになって人口が最盛期の約1万5000人から今は1700人くらいまで激減してる。日本で言うと炭鉱が閉山して一気にゴーストタウン化した街に近いイメージやな。栄枯盛衰って言葉がこれほど似合う街もそうないと思うわ。

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またしてもインディアナ州ゲーリーに一票。

俺は東クリーブランドでソーシャルワーカーしてるけど、ゲーリーを車で通ったときはあまりの光景に開いた口が塞がらなかったわ。通りかかった家の一軒なんて外壁がなくて、信号待ちしながらリビングでテレビ見てる男を文字通り外から眺めてたよ。

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Mark another one up for Gary, IN.

I’m a social worker in East Cleveland and my jaw hit the floor while driving through Gary. One home I drove past had no exterior wall and I was literally watching a guy watch TV in his living room from the stoplight.

✍️ 管理人: ゲーリーはUSスチールの企業城下町として栄えて、最盛期は人口18万人近くいたんだけど、鉄鋼産業の衰退で今は6万人台まで減少。全米でも屈指の犯罪率の高さで有名な街なんよな。日本でも室蘭とか八幡みたいな鉄鋼の街があるけど、日本の場合は企業城下町が衰退しても社会保障や治安の崩壊まではなかなかいかないのが違いやと思う。壁のない家からリビングが丸見えって光景、想像するだけでちょっと異様すぎるわ。

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アマリロ。何キロも先から臭ってきたわ。

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Amarillo

Could smell it from miles away

✍️ 管理人: これはあるあるで、アマリロ周辺はアメリカ屈指の牛の肥育場(フィードロット)が密集してるエリアで、数万〜数十万頭単位の牛が飼育されてるから風向き次第で街中まで臭いが届くらしいんよな。日本だと畜産の規模がここまで大きくないから、なかなかピンとこない感覚かもしれん。ちなみにアマリロは「72オンス(約2kg)のステーキを1時間以内に完食したら無料」っていう有名なチャレンジがあるくらい肉の街としても有名やで。

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テキサス州ポートアーサー。

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Navajo Nation is absolutely depressing. Broken beer bottles on almost every square inch of the shoulder on the high way through there.

I rode a bicycle through there in 2011 then I drove through there in 2025. It honestly seemed worse than I remember, it's like visiting the 1950s technology and architecture wise, just a very sad place. 

✍️ 管理人: ポートアーサーは石油精製所(リファイナリー)が密集してる工業都市で、大気汚染とか健康被害の問題が昔からずっと指摘されてる場所なんよな。日本だと四日市ぜんそくで有名な四日市コンビナートに近いポジションかもしれん。ちなみにジャニス・ジョプリンの出身地でもあるんやけど、本人は地元に馴染めなくて出て行ったっていう逸話もあって、なんかこの街のイメージそのままやなって思ったわ。

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ナバホ・ネイションは本当に気が滅入る場所だ。そこを通る幹線道路の路肩は、ほとんど隙間なく割れたビール瓶だらけ。

2011年には自転車で、2025年には車でそこを通ったけど、正直記憶にあるよりひどくなってる気がした。技術も建築もまるで1950年代にタイムスリップしたみたいで、とにかくもの悲しい場所だったわ。

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Navajo Nation is absolutely depressing. Broken beer bottles on almost every square inch of the shoulder on the high way through there.

I rode a bicycle through there in 2011 then I drove through there in 2025. It honestly seemed worse than I remember, it's like visiting the 1950s technology and architecture wise, just a very sad place. 

✍️ 管理人: ナバホ・ネイションはウェストバージニア州より面積が広い、全米最大の先住民居留地なんよな。基本的に居留地内はアルコール販売禁止(ドライエリア)なんだけど、それが逆に密輸酒の横行や路肩での飲酒→ポイ捨てを招いてるって指摘もある。日本の離島や過疎地でもインフラ更新が追いつかず昭和のまま止まってる集落があるけど、貧困と歴史的な土地の隔絶がここまで重なると復興の糸口すら見えにくくなるんやろなって思うわ。個人的にはこういう「時が止まった場所」の話を聞くと切なくなる。

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滝の州立公園から少し離れた場所……ニューヨーク州ナイアガラフォールズ市。

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Away from the State Park at the falls… Niagara Falls NY

✍️ 管理人: これは有能な指摘やわ。ナイアガラの滝そのものは世界的な観光名所なのに、滝を挟んでカナダ側(オンタリオ州)は観光開発が進んで栄えてる一方、アメリカ側のナイアガラフォールズ市はカジノ頼みの経済で貧困率が全米平均の倍近いっていうギャップがあるんよな。日本でも有名観光地のすぐ裏手がシャッター商店街だらけ、みたいな「観光地なのに衰退してる街」ってたまにあるけど、まさにそれの極端バージョンって感じやな。滝を見に行った観光客のほとんどは、たぶんこの街の実態には気づかんまま帰るんやろな。

💭 管理人の感想

今回のスレを読んで思ったのは、「アメリカ」ってひとくくりに言っても、観光ガイドに載る顔と、パインリッジやゲーリーみたいな衰退・貧困の顔とでは、まるで別の国みたいに違うってことやわ。特にネイティブ・アメリカン居留地の話は、歴史的な土地の隔離・経済的孤立・アルコールや薬物問題が何世代にもわたって連鎖してるのが伝わってきて、単なる「治安が悪い場所ランキング」では片付けられない重さがあった。日本だと過疎地や限界集落はあっても、ここまで社会インフラごと崩壊してるケースは少ないから、国の医療保険制度や治安維持の仕組みの違いを改めて感じたわ。ゲーリーやカイロみたいな「かつて栄えた工業都市の衰退」は、日本の炭鉱町や企業城下町が閉山・撤退で一気に人口減少したケースと構造的にはよく似てて、こっちは規模の差こそあれ他人事じゃない話やと思う。ナイアガラフォールズ市の例なんかは、観光地のすぐ裏で経済格差が広がってる典型で、これ前に「日本の有名温泉街のシャッター通り化」のスレでも似た話が盛り上がってたのを思い出したわ。結局こういう「最悪の場所」って、単に治安が悪いだけじゃなくて、産業の衰退・貧困・薬物・歴史的な差別が何層にも重なって生まれてるんやなってのがよくわかる。みんなは自分の国や地元で、こういう「観光では見えない現実」ってどんな場所を思い浮かべる?よかったらコメントで教えてくれ。

📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜

“you get jumped”

🔊 読み方: ユー ゲット ジャンプト

🇯🇵 意味: 不意に複数人に襲われる、袋叩きにされる

💡 縄張り意識の強い地域や不良グループの間で、いるべきでない場所にいるのを見つかると集団に襲われる、という文脈で使われている。日常会話でも「複数人に不意打ちで殴られた・襲われた」状況を説明する際にネイティブがよく使うカジュアルな表現で、例えば『I got jumped by three guys outside the bar last night.』のように使う。

🌍 他の言語では?

🇩🇪 ドイツ語: überfallen werden (ユーバーファレン ヴェルデン)

→ 複数人に不意に襲われることを表す口語表現で、路上トラブルや喧嘩の話で自然に使われる。

🇫🇷 フランス語: se faire agresser (ス フェール アグレッセ)

→ 日常会話で「(通りで)襲われる、絡まれる」という状況を説明する際によく使われるカジュアルな表現。

🇰🇷 韓国語: 떼로 맞다 (ッテロ マッタ)

→ 「集団にボコボコにされる」という意味で、不良同士のトラブルを語る際に若者がよく使う口語表現。

🇪🇸 スペイン語: le cayeron a golpes (レ カジェロン ア ゴルペス)

→ 複数人に囲まれて殴られたことを表すラテンアメリカ圏で自然な口語表現。


※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/AskReddit

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