南北戦争の英雄で第18代大統領のユリシーズ・S・グラント、実は1862年に「ユダヤ人をテネシー・ミシシッピ・ケンタッキーから追放しろ」っていうトンデモ命令を出してたって知ってた?綿花の闇市場をユダヤ人が仕切ってるって思い込んだのが理由なんよ。リンカーンが速攻で撤回させたんだけど、教科書には絶対載らないこの「黒歴史」、調べてみたら想像以上にドロドロしてて草。
オレゴンの入植者たちが反奴隷制だったのも、黒人にそこに住んでほしくなかったからって話を思い出すわ。
原文を見る
Reminds me of how the Oregon settlers were anti-slavery but only because they didn't want black people living there
✍️ 管理人: これぐう鋭い指摘だわ。「奴隷反対」=「人権派」って単純に思いがちだけど、実際は「黒人そのものを排除したい」って動機だったケースが普通にあったんよな。ちなみにオレゴンは1857年の州憲法で黒人の居住・財産所有を禁止する条項を入れてて、これが正式に削除されたのは1926年っていう衝撃の事実。日本だと「アメリカ北部=善玉」のイメージで習うけど、実態はもっとグレーなんだな。個人的には、こういう「正義の裏にある本音」こそ歴史の面白いとこだと思う。
彼はこの命令について「人生最大級の後悔のひとつだった」って語ってたわ。あとWikipediaにこんなのもある。悪名高いGeneral Order No. 11の埋め合わせに、グラントは50人以上のユダヤ人を連邦の公職に任命してて、領事や地方検事、副郵便局長まで含まれてた。さらにエドワード・S・サロモンをワシントン準州知事に任命してて、これはアメリカのユダヤ系男性が初めて知事になった例なんよ。
原文を見る
He spoke about this order as one of the greatest regrets of his life. Also from his Wikipedia:
>To make up for his infamous [General Order No. 11](https://en.wikipedia.org/wiki/General_Order_No._11_(1862)), Grant appointed more than fifty Jewish people to federal office, including consuls, district attorneys, and deputy postmasters. He appointed [Edward S. Salomon](https://en.wikipedia.org/wiki/Edward_S._Salomon) territorial governor of Washington, the first time an American Jewish man occupied a governor's seat. In November 1869, reports surfaced of [Alexander II of Russia](https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_II_of_Russia) penalizing 2,000 Jewish families for smuggling by expelling them to the interior of the country. In response, Grant publicly supported the Jewish American *B'nai B'rith* petition against Alexander.[^(\[289\])](https://en.wikipedia.org/wiki/Ulysses_S._Grant#cite_note-FOOTNOTEKahan201876Chernow2017643%E2%80%9344Sarna2012aix%E2%80%93xiv-299) In 1875, Grant proposed a constitutional amendment that limited religious indoctrination in public schools.[^(\[290\])](https://en.wikipedia.org/wiki/Ulysses_S._Grant#cite_note-FOOTNOTECalhoun2017512-300) Schools would be for all children "irrespective of sex, color, birthplace, or religions".[^(\[291\])](https://en.wikipedia.org/wiki/Ulysses_S._Grant#cite_note-FOOTNOTECalhoun2017512%E2%80%93513Smith2001570-301) Grant's views were incorporated into the [Blaine Amendment](https://en.wikipedia.org/wiki/Blaine_Amendment), but it was defeated by the Senate.
✍️ 管理人: やらかした後の埋め合わせがガチすぎて逆に好感持てるわww 大統領になってから「あの時は本当に悪かった」って行動で示すスタイル、有能。ちなみにグラントは1869年にロシア皇帝アレクサンドル2世がユダヤ人2000家族を追放した時、ユダヤ系団体B'nai B'rithの抗議を公に支持してるんよな。日本だと政治家が過去の失言を「記憶にございません」で済ませがちだけど、グラントは堂々と「最大の後悔」って認めてるのが対照的。失敗を認めて挽回する姿勢、これは見習いたいところだわ。
歴史って、学校で習うよりずっとカオスなんだよな。
原文を見る
History really is way messier than what they teach us in schoo.
✍️ 管理人: それなー。教科書って結局「わかりやすく整理されたダイジェスト版」だから、こういう生々しい部分はバッサリ切られるんよ。グラントなんて日本の世界史だと「南北戦争で北軍を勝利に導いた将軍」の一行で終わりがちだもんな。実際の歴史は善悪入り乱れたグチャグチャの人間ドラマで、むしろそっちのほうが面白い。個人的には、偉人を「完璧な聖人」として習うより、欠点込みで知るほうがよっぽど学びになると思うわ。
PBSの家系調査番組を観たんだけど、ラリー・デヴィッドが「ルイジアナ出身のユダヤ系先祖がいて、しかも奴隷を所有して南軍(CSA)のために戦ってた」って判明してて草。しかもバーニー・サンダースとも親戚らしいぞ。
原文を見る
And then in his presidency he went out of his way to make it up to the Jews, naming several to his cabinet, speaking out publicly against pogroms, and interfering in foreign affairs of nations oppressing Jews.
The whole story behind the order was to spite his father who happened to be working with several bankers who happened to be Jewish. They were trying to use Jessie Grant’s connection to sneak through the army’s lines to export more cotton.
✍️ 管理人: 情報量が渋滞してて草。ラリー・デヴィッドって『となりのサインフェルド』の生みの親でユダヤ系コメディの大御所なんだけど、その先祖が奴隷所有の南軍兵って、本人がネタにしそうな展開すぎるww ちなみにユダヤ系の奴隷所有者は当時の南部に実在してて、「迫害される側」と「迫害する側」が単純に分かれてなかったのがアメリカ史の複雑なとこ。日本だと先祖をここまで赤裸々に公開する番組ってあんまないけど、アメリカのこの『Finding Your Roots』って番組は有名人の家系をDNA込みでガチ調査するんよな。バーニーと親戚ってオチも含めて、世間って狭いわ。
その後、大統領になってからはむしろユダヤ人に埋め合わせするみたいにめちゃくちゃ気を遣ってて、閣僚に何人も起用したり、ポグロムに公然と反対したり、ユダヤ人を迫害してる国の問題に口出ししたりしてたわ。そもそもあの命令の背景って父親への当てつけだったんよな。で、その父親ジェシーがたまたまユダヤ系銀行家と組んでて、連中はジェシーのコネで軍の封鎖線を抜けて綿花をもっと輸出しようとしてたってわけ。
原文を見る
And then in his presidency he went out of his way to make it up to the Jews, naming several to his cabinet, speaking out publicly against pogroms, and interfering in foreign affairs of nations oppressing Jews.
The whole story behind the order was to spite his father who happened to be working with several bankers who happened to be Jewish. They were trying to use Jessie Grant’s connection to sneak through the army’s lines to export more cotton.
✍️ 管理人: は?親父への当てつけで民族追放令出したの?スケールでかすぎて草も生えんわ。要するに「うちの親父がユダヤ系商人とつるんで軍のルール無視して儲けようとしてる」→「ユダヤ人全部追い出すわ」っていう、私情と職権乱用が合体した最悪コンボなんよな。ポグロムってのはロシアとかで起きたユダヤ人への組織的虐殺のことで、グラントはそれに公然と反対した初期のアメリカ大統領のひとり。身内のいざこざが歴史的悪法に化けるあたり、権力者の判断ミスの怖さがよく出てるわ。日本でも身内びいきや逆ギレ人事はあるけど、さすがに民族追放まではいかんからな…。
Wikipediaより。ミシシッピ州ホリー・スプリングスのグラント軍補給拠点では、ユダヤ人が一斉に拘束されて徒歩で町から追い出された。命令の3日後にヴァン・ドーン少将率いる南軍がホリー・スプリングス襲撃を仕掛けたおかげで、さらなる追放は回避された。ただケンタッキー州パデューカでは完全に執行されて、30のユダヤ人家族が強制追放された。ユダヤ人コミュニティや新聞、議員からも非難が噴出して、リンカーンが1863年1月4日に命令を撤回したわ。あとタイトル誤字ってた:(
原文を見る
Per Wikipedia:
>At [Holly Springs, Mississippi](https://en.wikipedia.org/wiki/Holly_Springs,_Mississippi), the supply depot of Grant's troops, Jews were rounded up and forced to leave the city on foot. On December 20, 1862, three days after Grant's order, [Confederate States Army](https://en.wikipedia.org/wiki/Confederate_States_Army) troops led by Major General [Earl Van Dorn](https://en.wikipedia.org/wiki/Earl_Van_Dorn) sprang the [Holly Springs Raid](https://en.wikipedia.org/wiki/Holly_Springs_Raid), which prevented the potential expulsion of more Jews. Although delayed by Van Dorn's raid, Grant's order was fully implemented in [Paducah, Kentucky](https://en.wikipedia.org/wiki/Paducah,_Kentucky), where thirty Jewish families were forcibly expelled from the city. Jewish community leaders protested, and there was an outcry against the order from newspaper editors and members of the [United States Congress](https://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Congress); President [Abraham Lincoln](https://en.wikipedia.org/wiki/Abraham_Lincoln) responded by countermanding it on January 4, 1863. Grant claimed during his [1868 presidential campaign](https://en.wikipedia.org/wiki/1868_United_States_presidential_election) that he had not issued the order due to any [antisemitism](https://en.wikipedia.org/wiki/Antisemitism) but as a way to address a problem that "certain Jews had caused". Nevertheless, he expressed regret for his decision.[^(\[2\])](https://en.wikipedia.org/wiki/General_Order_No._11_(1862)#cite_note-2) Historians and Grant biographers have generally been critical of the order.
Typo in title 🙁
✍️ 管理人: 皮肉なことに、南軍の襲撃がユダヤ人をさらなる追放から救うっていう歴史の巡り合わせよ…。リンカーンが撤回までたった約2週間っていうスピード対応なのは評価したいわ。当時すでに新聞や議会がちゃんと声を上げて止めにいってるのが、アメリカの民主主義の地力って感じがする。徒歩で町追い出されるって、真冬の12月よ?想像するとキツいわ。あと最後のしれっとした「タイトル誤字ってた」で一気にRedditの空気に戻るの草。重い話の後のこのゆるさ、嫌いじゃない。
南北戦争のころにはアメリカ南部にもうユダヤ人がそれなりの規模で住んでたって考えると不思議だな。ロシアやオーストリアからユダヤ人が大量移住してくる前の時代なのに。
原文を見る
Strange to think that Jews were already a substantial enough population in the southern U.S. during the Civil War. This was before the mass Jewish migrations from Russia and Austria.
✍️ 管理人: これ地味に良い視点で締めてて好き。みんな「アメリカのユダヤ系=20世紀初頭に東欧から来た移民」ってイメージ持ってるけど、実はもっと早くからスペイン・ポルトガル系(セファルディム)やドイツ系ユダヤ人が南部に根付いてたんよな。ちなみに1820〜1880年あたりはドイツ系ユダヤ移民の時代で、東欧からの大波(アシュケナージ)はその後の1880年代以降。だからこそグラントの命令で追放される規模のコミュニティが既に存在してたわけ。歴史の前提知識がひっくり返る、こういう『言われてみれば確かに』ってコメントが一番伸びてほしいわ。もっと評価されるべき。
💭 管理人の感想
今回は南北戦争の英雄・グラント将軍の「ユダヤ人追放令(General Order No. 11)」っていう、教科書じゃ絶対見ない黒歴史の話だったわ。ポイントは、この命令が単なる差別というより「親父が軍のルール破ってユダヤ系商人と綿花密輸で儲けようとした逆ギレ」っていう、私情と職権乱用のドロドロから生まれたってとこなんよな。しかもグラント本人が後に「人生最大の後悔」って認めて、大統領時代にユダヤ系を50人以上公職に登用して埋め合わせしてるのが救い。日本の世界史だとグラントなんて一行で終わる存在だけど、実態は欠点も挽回もある超リアルな人間だったわけだ。「正義の北軍 vs 悪の南軍」みたいな単純な構図じゃなくて、オレゴンの反奴隷=黒人排除の話とかユダヤ系の奴隷所有者の話とか、誰もが加害者にも被害者にもなりうるのがアメリカ史の重さよ。失敗を「記憶にございません」で流さず、行動で挽回したグラントの姿勢は、現代の政治家にも見習ってほしいとこだわ。みんなは「偉人の黒歴史」を知った時、その人の評価って下がる派?それとも人間味を感じて逆に好きになる派?ワイは断然後者やで。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“way messier than what they teach us in school”
🔊 読み方: ウェイ・メッシアー・ザン・ワット・ゼイ・ティーチ・アス・イン・スクール
🇯🇵 意味: 学校で習うよりずっと複雑(で込み入っている)
💡 歴史や物事の真相が、学校や教科書で習った単純な話よりはるかに入り組んでいると気づいたときに使う。例: 「The truth is way messier than what they teach us in school.(真実は学校で習うよりずっとややこしいよ)」
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: viel komplizierter, als sie es uns in der Schule beibringen (フィール・コンプリツィアター・アルス・ズィー・エス・ウンス・イン・デア・シューレ・バイブリンゲン)
→ 「学校で教わるよりずっと複雑」という意味で、教科書的な単純化への不満を込めた口語表現。
🇫🇷 フランス語: bien plus compliqué que ce qu'on apprend à l'école (ビヤン・プリュ・コンプリケ・ク・ス・コン・アプラン・ア・レコール)
→ 「学校で習うよりずっと複雑」と日常会話で自然に使う言い回し。
🇰🇷 韓国語: 학교에서 배우는 것보다 훨씬 복잡해 (ハッキョエソ・ペウヌン・ゴッポダ・フォルッシン・ポクチャペ)
→ 「学校で習うよりずっと複雑だよ」というくだけた断定口調で、現実の複雑さを語るときに使う。
🇪🇸 スペイン語: mucho más complicado de lo que te enseñan en la escuela (ムチョ・マス・コンプリカード・デ・ロ・ケ・テ・エンセニャン・エン・ラ・エスクエラ)
→ 「学校で教わるよりずっと複雑」と、単純化された通説への反論として使う自然な表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


コメント