【海外の反応】コカ・コーラ「瓶が粉々になっても一発で分かるデザインにしろ」←要件定義が狂ってて草

今日知った雑学

お前ら、コカ・コーラのあのガラス瓶の形、なんであんなウネウネしてるか知ってた?実はあれ、ライバル会社に真似されないように&暗闇で触っただけでも「あ、コーラだ」って分かるように設計されたデザインらしいんよ。しかもデザイナーへの要件が「粉々に割れても一目でコカ・コーラと分かること」とかいう無茶振りだったっていうから、マーケティングの執念がヤバすぎる。今から100年以上前の話なのに、今でもあの形見たら誰でもコーラって分かるんだから、結果的に大正解だったわけだ。Redditのr/todayilearnedでこの話題が盛り上がってたから紹介するで。

📌 元スレッド情報

サブレディット: r/todayilearned

言語: 🇺🇸 英語

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補足すると、コカ・コーラがデザイナーに出した仕様書の一つに「歩道に落ちて粉々に割れても、誰でも『あ、コカ・コーラのボトルだ』と一瞬で分かるようにしろ」って要件があったらしい。徹底しすぎで草

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Also to add to this, part of the design spec to the designer by Coke was that “even when broken into pieces on the sidewalk, someone should still be able to identify that it’s a Coke bottle”

✍️ 管理人: 要件定義の時点で頭おかしくて好き。普通「割れた時のこと」まで考えてデザイン発注するか?でもこれ、実は1915年にインディアナ州のルートグラスカンパニーってとこが採用されたデザインコンペの話なんよな。コカ・コーラ社は当時「他のどんなボトルとも似てないこと」を絶対条件にしてて、元々はカカオ豆の形を参考にデザインされたらしい。日本の企業でここまでパッケージに狂気じみたこだわり見せるのって、ヤクルトの容器くらいじゃないか?あれも50年以上形変わってないし、触っただけで分かるもんな。

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「コカ・コーラ」って世界で2番目に誰でもわかる言葉らしい。1位は「OK」だけどなw

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“Coca cola” is the second most universally recognized word or term in the world, behind “ok”

✍️ 管理人: これマジで有名なトリビアなんよ。世界中どこ行っても「コカ・コーラ」で通じるっていう。ちなみにこの話、出典はいくつかあるんだけど、コカ・コーラ社自身が広告でよく使ってたフレーズでもある。日本語の「ツナミ」「カラオケ」「エモジ」あたりも世界共通語になってるけど、さすがに固有の商品名で世界2位は次元が違うわ。ブランド力って要は「名前聞いただけで味思い出せるかどうか」だと思うんだけど、コカ・コーラは瓶の形でそれやってるんだから化け物よな。

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1950年代のリデザインの理由には触れないの、意味深で草

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Interesting that they didn’t mention the reason behind the 1950’s redesign

✍️ 管理人: おっと、これは闇が深そうなコメントきたな。調べてみたら、1950年代にコカ・コーラはボトルのサイズ展開を増やしたんだけど、その背景にはペプシとの激烈な価格競争があったんよな。ペプシが「同じ値段で倍の量!」って攻めてきたから、コカ・コーラも大容量ボトルを出さざるを得なかった。日本でも「コーラ戦争」って呼ばれてるこの争い、アメリカではもう文化的事件レベルの話で、Redditでも定期的にネタにされてる。あえて触れないのが逆に気になるっていう、Redditらしいツッコミで好きだわ。

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缶の設計者も「ええい、もう知らんわ。全部ワンサイズで片付けよう」的な適当仕様にした説、草

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Also wonder if the guy who designed the can was just like “f*ck this” one size fits all kind of thing 😂

✍️ 管理人: さすがにそれは草。瓶はあんなに気合い入れてデザインしたのに、缶は規格統一でみんな同じ形っていうギャップよ。でも実際、缶の350ml規格って世界的にほぼ統一されてて、これはこれで合理的なんよな。日本だと自販機の規格に合わせる必要があるから缶のサイズにはめちゃくちゃ制約があるんだけど、アメリカは12オンス(約355ml)が標準。個人的には缶のコーラより瓶のコーラの方が美味く感じるのは、あの形による心理効果もあるんじゃないかと思ってる。プラシーボかもしれんけど。

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ワーナー・ファーマカルも、昔のダンベルみたいな形のリステリンのボトルで、ほぼ同じことやってた。

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Warner Pharmacal did much the same with their old barbell shaped Listerine bottle.

✍️ 管理人: おい、リステリン持ち出してくるの渋すぎるだろ。確かにリステリンの旧ボトルってめちゃくちゃ特徴的な形してたんよな。日本だとリステリンって「洗面所に置いてあるやつ」くらいの認識だけど、アメリカでは1879年から売ってる超老舗ブランドで、元々は外科手術用の消毒液だったっていう豆知識もある。「触っただけで分かるパッケージ」戦略はコカ・コーラだけの専売特許じゃなかったわけだ。日本だとキッコーマンの醤油瓶なんかも世界的に有名なプロダクトデザインとして評価されてるし、「形で覚えさせる」は最強のブランディングなんだろうな。

💭 管理人の感想

今回の話、単なるトリビアに見えて実はめちゃくちゃ深い話なんよな。「粉々になっても分かるデザイン」って要件、冷静に考えたら狂ってるけど、その狂気が100年以上経った今でもブランド価値を支えてるっていう事実がすごい。日本企業だとヤクルトの容器やキッコーマンの醤油瓶が同じ路線で、どっちも何十年も形を変えてないのに誰でも一発で分かる。逆に言うと、パッケージデザインで失敗した例って意外と語られないけど、コカ・コーラが1985年に味を変えた「ニュー・コーク事件」では味だけじゃなく缶のデザインも変えて大炎上したんよな。結局、人間って「慣れ親しんだ形」に安心感を覚える生き物なんだろう。コメントにもあったペプシとのコーラ戦争の話といい、たかが瓶の形一つにこれだけのドラマがあるのは面白い。ちなみにコカ・コーラのコンツアーボトル(あの曲線ボトル)は1977年にアメリカで商標登録されてて、「形そのもの」が商標になった数少ない例でもある。みんなは何か「形だけで分かる商品」って他に思いつく?コメントで教えてくれや。

📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜

“one size fits all”

🔊 読み方: ワンサイズ・フィッツ・オール

🇯🇵 意味: 万人向け・何にでも対応できる(やや皮肉を込めて「全部ひとまとめ」というニュアンス)

💡 個別対応せず一律に済ませる場面で使う。例:新しい社内ルールが全部署に同じ内容で適用されたとき「They went with a one size fits all approach」のように使える。

🌍 他の言語では?

🇩🇪 ドイツ語: für alle gleich (フュア・アレ・グライヒ)

→ 「みんな同じ扱い」という意味で、画一的な対応を皮肉るときにも日常的に使われる。

🇫🇷 フランス語: la même chose pour tout le monde (ラ・メム・ショーズ・プール・トゥ・ル・モンド)

→ 「全員に同じもの」という意味で、個別対応のなさにうんざりして言う場面で自然。

🇰🇷 韓国語: 다 똑같이 (タ・トッカチ)

→ 「全部同じように」という意味で、区別なく一律に扱うことへの不満や諦めを込めて使う。

🇪🇸 スペイン語: todo igual para todos (トド・イグアル・パラ・トドス)

→ 「みんなに同じ」という意味で、差別化のない対応を軽く皮肉る場面で使われる。


※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned

コメント

  1. 昭和のおっさん より:

    俺の若い頃は、瓶のジュースはラベルが少し剥がれてても手触りで「これはコーラだな」って分かったもんだぞ。今みたいに何でもペットボトルでツルッとしてる時代とは違ってな、、粉々でも分かる形にしろなんて無茶ぶり、昔の職人魂そのものじゃないかな。こういう執念は、今でも見習う価値があるぞ。

  2. 煽りカス より:

    「粉々でも分かるデザイン」とか無茶振り要件を本気で通して、100年後も勝ってるの普通にバグだろwww こういう狂気を“やりすぎ”で切らずに形にした時点で、凡人マーケ会議とは格が違うんだよな。

  3. マジレス兄貴 より:

    マジレスすると、「粉々になっても分かる」は無茶な要件に見えて、ブランドの本質をかなり正確に突いている。冷静に考えて、ロゴや文字より先に“形そのもの”を記憶させた時点で勝ちなんよな。コカ・コーラの瓶が100年後も通じるのは、デザインを装飾ではなく識別資産として扱ったから。ネタっぽい話だが、企業戦略としては極めて合理的。

  4. Pierre de Paris より:

    D’un point de vue culturel, cette histoire de bouteille Coca-Cola révèle quelque chose de fascinant : une civilisation marchande ne vend jamais seulement un liquide, elle fabrique une forme de mémoire. Exiger qu’un objet reste identifiable même brisé, c’est presque formuler une ambition métaphysique : survivre à sa propre destruction par la seule puissance du signe. Cela nous amène à réfléchir sur la notion de reconnaissance, si essentielle dans nos sociétés saturées d’images. Nous croyons choisir des produits ; en réalité, nous habitons des formes qui nous rassurent.
    Comme dirait Barthes à propos du Japon, la forme n’est jamais un simple emballage : elle est déjà un langage. La courbe de cette bouteille n’est pas décorative, elle est une grammaire tactile, une promesse de continuité, presque un rite de consommation. C’est sans doute pour cela que les grandes marques durent lorsqu’elles deviennent des silhouettes avant d’être des logos.
    Ce qui me frappe aussi, c’est que l’article montre bien la tension entre innovation et fidélité. L’obsession du “nouveau” échoue souvent face à la force d’un objet familier. Une bouteille peut alors devenir un petit monument du quotidien : banal en apparence, mais chargé d’une mémoire collective que même les éclats continuent à raconter.

  5. Hans aus Berlin より:

    Aus technischer Sicht betrachtet ist die eigentliche Leistung hier nicht die schöne Form, sondern die Präzision der Anforderung: Ein Behälter musste über Geometrie, Haptik und Fragment-Silhouette identifizierbar sein. Das ist extrem ungewöhnlich, aber ingenieurmethodisch klug. Die Daten zeigen eindeutig, dass ein Produkt stärker im Gedächtnis bleibt, wenn mehrere Erkennungskanäle gleichzeitig bedient werden – nicht nur visuell, sondern auch taktil. Genau deshalb funktioniert die Coca-Cola-Flasche bis heute.
    Interessant ist auch, dass diese Form eine Art analoges Fehlererkennungssystem darstellt. Selbst bei schlechter Beleuchtung, großer Distanz oder teilweiser Zerstörung bleibt genug charakteristische Information erhalten, um die Marke zuzuordnen. In Deutschland würden wir das anders angehen, nämlich mit einer sauberen Kombination aus Lastenheft, Wiedererkennungsmetriken und Schutzrechtsstrategie. Aber das Ergebnis ist hier bemerkenswert robust.
    Der eigentliche Punkt ist also: Gute Gestaltung ist kein Dekor, sondern Systemdesign. Wenn eine Form nach über hundert Jahren noch sofort erkannt wird, dann war die Spezifikation nicht verrückt, sondern ihrer Zeit weit voraus.

  6. 読書好きOL より:

    この記事を読んで思い出したのですが、レイモンド・ローウィの “Most Advanced Yet Acceptable” という考え方に通じますね。新しさだけでなく、触れただけで分かる安心感まで設計するから100年残る。少し違う角度から見ると、ブランドとはロゴより先に「形の記憶」を人に残せるか、なのかもしれません。

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