7月20日事件って知ってた? トム・クルーズ主演の映画『ワルキューレ』でも描かれた、1944年のヒトラー暗殺未遂事件のことやな。この計画に名を連ねたエルヴィン・フォン・ヴィッツレーベン元帥は、ヒトラー直々の命令で細い麻縄にかけられ、食肉用フックに吊るされて処刑されたんよ。しかも処刑後は家族の年金受給権まで取り上げられたって話で、Redditでも「ここまでやるか」とスレが伸びてたわ。
ロンメル元帥は暗殺計画を知ってた可能性があるのに止めなかったから、「自決して家族の安全を保障してもらう」か「裁判」かの二択を迫られた。彼は前者を選んで、自宅の裏庭で青酸カリをあおった。ロンメルは国民的英雄だったから、裏切り者と断じたら国民の士気に響くとヒトラーは考えたんだよ。
原文を見る
Field Marshal Rommel, who may have known about the plot but failed to try to stop it, was given a choice of suicide and keeping his family safe or a "trial". He chose the former, taking cyanide in his own backyard. He was a national hero and Hitler thought it would be bad for morale to label him a traitor
✍️ 管理人: ロンメルといえば「砂漠の狐」で日本でも有名やな。細かいこと言うと、毒を飲んだのは裏庭じゃなくて、自宅近くの路上に停めた車の中だったと伝えられてる。ちなみに公式発表は「戦傷による病死」で、盛大な国葬まで開かれたんよ。計画をどこまで知ってたかは歴史家の間でも意見が割れてて、今も議論が続いてる。個人的には、英雄は裁けないから自決させるって発想が、権力者の保身すぎて寒気がするわ。
ほかの連中はピアノ線で絞首刑にされた。ヒトラーは敵が苦しみながら死んでいくのを楽しむために、処刑を撮影させたともいわれてる。
原文を見る
Others were hanged with piano wire. Hitler allegedly had the executions filmed so he could enjoy the painful deaths of his opponents.
✍️ 管理人: ヒトラーは「家畜のように吊るせ」と命じたと伝えられてて、処刑方法そのものが辱めを狙ってたと言われてる。ただ、撮影させて本人が楽しんだって話は、映像が実在したのかも含めて歴史家の間で評価が割れてるんよ。ネットだと断定口調で広まりがちなネタやから、ワイは「そう伝えられている」くらいで受け止めてる。日本だと2.26事件の将校たちが代々木の刑場で銃殺されたけど、同じ軍人の処刑でも狙いはだいぶ違ったんやなと思うわ。
カナリスは意識を失うまで絞首刑にされて、いったん縄を解かれて蘇生された後、再び吊るされた。
原文を見る
Canaris was hung until he lost consciousness, cut down and revived then hung again.
✍️ 管理人: カナリスはドイツ軍の諜報機関「アブヴェーア」のトップで、反ヒトラー派を陰ながら支えてた人物。7月20日事件の後に押収された日記から関与がバレて、1945年4月、アメリカ軍が来る直前にフロッセンビュルク収容所で処刑されたんよ。同じ日に同じ収容所で、牧師のボンヘッファーも処刑されてる。処刑の細部は証言によってバラつきがあるけど、終戦のわずか数週間前まで殺し続けたって事実だけでもキツいわ。
彼の妻エルゼ・フォン・ヴィッツレーベンは、最終的に西ドイツ政府によって年金受給権を回復されたが、それは1951年になってからのことだった。
原文を見る
His wife, Else von Witzleben, eventually had her pension rights restored by the West German government, but not until 1951.
✍️ 管理人: ナチスには「ジッペンハフト(親族連座)」って考え方があって、反逆者の家族まで罰する仕組みだったんよ。年金が回復されたのは戦後6年目で、遺族はそのあいだ生活を削られ続けたことになる。ちなみに日本でも軍人恩給は1946年にGHQの指示で廃止されて、1953年に復活してる。国によって経緯は違うけど、「戦争が終わっても生活の保障までは一直線に戻らない」って点は共通してるのが重いな。当時は反逆者扱いする声も根強くて、名誉回復にはさらに時間がかかったと言われてる。
「今や全世界が我々を悪人として非難するだろう。それでも私は、我々のしたことは正しかったと確信している。ヒトラーはドイツだけでなく、世界の不倶戴天の敵だ。あと数時間もすれば、私は神の御前に立ち、自らの行ったこと、そして行わなかったことについて申し開きをすることになる。しかし、ヒトラーとの闘いにおいて私がしたことは、正当化できると分かっている。神はアブラハムに、ソドムの町に正しい者がわずか十人でも見つかれば、町を滅ぼさないと約束された。だから私は、我々の存在ゆえに、神がドイツを滅ぼさずにいてくださることを願っている。我々の誰一人として、死ぬことに不平を言う資格はない。我々の仲間に加わった者は皆、ネッソスの衣をまとったのだから。人間の真の道徳的価値は、自らの信念を守るために命を捧げる覚悟を決めたときにのみ、明らかになる」――ヘニング・フォン・トレスコウ。第三帝国の全貌を知りたければ、ウィリアム・L・シャイラーの『第三帝国の興亡』を読むといい。
原文を見る
"The whole world will vilify us now, but I am still totally convinced that we did the right thing. Hitler is the archenemy not only of Germany but of the world. When, in few hours' time, I go before God to account for what I have done and left undone, I know I will be able to justify what I did in the struggle against Hitler. God promised Abraham that He would not destroy Sodom if only ten righteous men could be found in the city, and so I hope for our sake God will not destroy Germany. No one among us can complain about dying, for whoever joined our ranks put on the shirt of Nessus. A man's moral worth is established only at the point where he is ready to give his life in defense of his convictions"
— Henning von Tresckow.
Read the "The Rise and Fall of the Third Reich" by William L Shirer to get a very good account of the entire Reich.
✍️ 管理人: トレスコウは計画の中心人物の一人で、1943年にも酒瓶に偽装した爆弾をヒトラーの飛行機に仕込んだんやけど、不発に終わってる。この言葉は7月21日、計画失敗を知った後にもらしたとされてて、本人はその日のうちに前線で自決したんよ。「ネッソスの衣」はギリシャ神話で、着たら二度と脱げず死に至る毒の衣のこと。つまり関わった時点で、もう引き返せない覚悟だったって意味やな。ワイも読んだことあるけど、『第三帝国の興亡』は全巻読むと数日分の体力を持っていかれるレベルやで。
1944年8月7日:「我々を死刑執行人に引き渡すがいい。だが3か月後には、怒りに燃え、苦しめられてきた民衆がお前に責任を取らせ、生きたまま街路の汚泥の中を引きずり回すだろう」。フライスラーは1945年2月、ベルリンへの米軍の空襲で死亡した。残念ながら予言どおりとはいかなかったが、まあ、だいたい当たってる。
原文を見る
7th August 1944:
>You can turn us over to the executioner. In three months the outraged and tormented people will
call you to account and drag you through the filth in the streets alive.
Freisler was killed in February 1945 during an American bombing raid on Berlin.
Alas, not quite on track for the prediction, but close enough.
✍️ 管理人: これは人民法廷でヴィッツレーベンが裁判長ローラント・フライスラーに放った啖呵とされてる。ベルトなどを取り上げられてズボンを押さえてた彼に、フライスラーが「汚い爺さん、なぜズボンをいじってる」と怒鳴ったって話も有名なんよ。そのフライスラーは1945年2月3日の空襲で、人民法廷の建物ごと瓦礫の下敷きになって死んだ。しかもそのとき手にしてたのが、トレスコウの同志シュラーブレンドルフの裁判資料だったと言われてて、おかげで本人は助かったって話まである。3か月じゃなく約6か月やったけど、ここまで綺麗に回収されると、ワイもさすがに「だいたい当たってる」としか言えんわ。
💭 管理人の感想
今回の話の本質は、独裁者が反対者の命だけじゃなく、名誉も家族の生活も丸ごと奪おうとしたってところやと思う。ヴィッツレーベンは元帥という最高位の軍人やったのに、それでも肉吊りフックにかけられて、遺族は年金まで取り上げられたんよ。しかも家族まで罰する「ジッペンハフト」は、反逆者を見せしめにするための制度的な仕組みだったわけで、個人の恨みだけで説明できる話じゃない。日本でも軍人恩給が1946年に廃止されて、1953年に復活した経緯があるけど、敗戦国の遺族の生活が長く揺らいだ点は、ドイツと通じるものがあるな。ドイツでは今も7月20日が追悼の日になってて、連邦軍の新兵の宣誓式が行われたりするけど、戦後しばらくは「裏切り者」と見る空気も根強かったと言われてる。ロンメルの自決、カナリスの処刑、トレスコウの遺言と、今回のスレは同じ事件の別の顔が次々出てきて、歴史の教科書だけじゃ見えない重さがあったわ。ちなみに、似た「やった側に理由があっても結果は悲惨」って話は、別のスレでも何度か話題になってたな。みんなは、勝つ見込みが薄くても、家族を巻き込む覚悟でトレスコウたちと同じ選択ができると思う?
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“close enough”
🔊 読み方: クロウス イナフ
🇯🇵 意味: 完全に正確ではないが、十分に近いので良しとする
💡 予想や数字、出来栄えが完璧ではなくても「まあ許容範囲」と言いたいときに使う。例: "I guessed 10 minutes and it took 12. Close enough!"(10分と予想して12分かかった。まあ近いね!)
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Passt schon (パスト ショーン)
→ 「まあこれで大丈夫」と軽く妥協・容認する口語表現で、完璧でなくても許容できるときに使う。
🇫🇷 フランス語: Ça fera l'affaire (サ フラ ラフェール)
→ 「これで十分間に合う」という意味で、少しズレていても目的を果たせるときに日常的に使う。
🇰🇷 韓国語: 그 정도면 됐지 (ク チョンドミョン テッチ)
→ 「それくらいなら十分だよ」と、完璧でなくても良しとする気軽な口語表現。
🇪🇸 スペイン語: Con eso me vale (コン エソ メ バレ)
→ 「それで十分だ」という意味のスペインでよく使うカジュアルな言い方で、少しズレていても許容するニュアンス。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


コメント