おまいら、戦争が始まったことを知らないまま「祝砲ありがとうございます!」って敵艦に乗り込んでいった軍人がいたって知ってた?1898年の米西戦争のとき、アメリカ海軍がグアムに砲撃したんだけど、スペイン側はそれを「敬礼の礼砲」だと勘違いして、わざわざ小舟で出迎えに行ったんよ。しかも「火薬がなくて礼砲を返せなくてすみません」って謝りに行くという、もはやコントみたいな展開。当時グアムは完全に情報孤立していて、本国スペインから何か月も連絡が来てなかったから、そもそも戦争が始まったこと自体知らなかったという。歴史の教科書には載らないけど実話っていうのが一番面白いんよな。
ヘンリー・グラス艦長は事前に「グアムには重武装の要塞があって、兵士1,000人超いるかも」って警告されてたんだよな。
ところが実際に出てきたのは、港の責任者と海軍軍医、それにチャモロ人のホセ・パロマが、フランシスコ・ポルトゥサッチの用意した小舟に乗って「ようこそー」って迎えに来た一行。通訳のホセ・ポルトゥサッチも一緒。
で、チャールストン号に乗り込んできて「弾薬がないので礼砲返せなくてすみません」って謝ったら、グラスが「礼砲? あれ敵対行為の砲撃ですけど?」って返して、4月25日に開戦してたことを伝えたと。
島の防衛インフラはボロボロで、大砲は何年も使われてなくて、錆びすぎて危なくて撃てないか完全に故障扱い。
で、地元商人でアメリカ市民でもあったフランシスコ・ポルトゥサッチは、アメリカ軍艦に石炭運ぶの手伝ったんだけど、家に帰ったらスペイン総督から手紙が届いてて——「もしアメリカ軍艦に少しでも手を貸したなら、明朝おまえを浜辺で処刑する」だってよ。
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>Captain Henry Glass was warned Guam might have:
Heavy fortifications. Possibly 1,000+ soldiers.
>The captain of the port, the naval surgeon, and a native Chamorro named José Paloma got into a boat furnished by Francisco Portusach and went out to welcome the visitors. José Portusach went along with the party to act as interpreter.
>When they boarded Charleston, they apologized for not being able to return the salute due to a lack of ammunition.[9] Glass then replied, "What salute? Those were hostile shots"[9] and informed them that war had been declared between the U.S. and Spain on 25 April.
>The island’s defensive infrastructure was in a severely deteriorated state.
>Several artillery pieces had not been used for many years, while others were so corroded that they were considered unsafe or inoperable.
>A local merchant and American citizen, **Francisco Portusach,** agreed to provide the crew the use of two lighters and a boat to transfer coal from City of Peking to the bunkers of Charleston.[16] Portusach returned to Piti where his brother was waiting for him.
>Francisco then ordered his men to deliver the lighters and boats to Charleston early in the morning.[16] When he arrived home, a letter was waiting for Francisco from Governor Marina which said: **"If you give any assistance to the American men of war, you will be executed tomorrow morning at the beach."**
✍️ 管理人: 「重武装の要塞あるかも」って警戒してたら「ようこそー」って小舟で出迎えてきたの、完全にコントの導入やろ。しかもポルトゥサッチさん、アメリカ市民だからって善意で手伝ったら、スペイン総督から「明朝処刑な」って手紙届くの怖すぎるわ。当時の植民地って宗主国と現地住民の間で板挟みになるケースがめちゃくちゃ多かったんよな。日本だと幕末の下関戦争(1863年)で、長州藩が外国船を砲撃した後にボコボコにされた話が近いかも。ちなみにチャモロ人っていうのはグアムやマリアナ諸島の先住民族で、スペイン統治下で300年以上暮らしてたから、こういう板挟みは日常茶飯事だったらしい。
グアム当局がスペインから最後に受け取った連絡は1898年4月14日付。開戦宣言の1か月も前や。
守備隊は自分たちが戦争中だってことすら知らなかった。何か月も外の世界から指示も情報も届いてなかったから。21世紀の感覚で仕事してる身からすると、そんな状況マジで想像もつかん草
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>The last message the authorities on Guam had received from Spain was dated 14 April 1898, a month before war was declared.
The garrison didn't even know they were at war, because they haven't received any instructions or information from the outside world in months. As somebody used to doing business in the 21st century, I can't even imagine what that would feel like.
✍️ 管理人: 何か月も本国から音沙汰なしって、今の感覚だとSlackの通知が1時間来ないだけで不安になるのに、マジで別世界すぎる。当時は電信(電報)が主な通信手段だったんだけど、グアムには海底ケーブルが敷設されてなかったから、情報伝達は船便頼みだったんよな。日本だと、大政奉還(1867年)の知らせが地方の藩に届くのに数日〜数週間かかったって話があるけど、太平洋の孤島だと桁違いに遅れるわけで。個人的には、情報が届かないことで逆に命拾いした面もあると思うんよね。戦争を知ってたら無謀な抵抗して犠牲者出てた可能性もあるし。
第一次世界大戦が始まったばかりの頃の話を思い出したわ。
ドイツ領だったタンザニアの植民地は、川の向こうからいきなりイギリス軍に撃たれて、そこで初めて「え、今戦争中なの!?」って知ったらしい。
で、事情をまるで知らなかったドイツ人総督が「何いきなり撃ってきてんだこの狂人どもが」って感じで、抗議するため自分で舟こいで川を渡っていったんだけど、そこで即座に「いや、もう交戦状態ですけど?」って告げられたという。たしかイギリス側はその総督に、植民地のみんなに戦争始まったこと伝えられるよう帰ることを許したんだよね——もちろん、帰り道も撃たれながらだけど。
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This reminds me of a story of when world war 1 first started. The German colony of Tanzania learned it was at war when the British suddenly began firing at them from across the river
Which prompted the ignorant german governor to paddle across the river to berate the British for randomly opening fire at them. (He reportedly called a British officer a lunatic) just to immediately informed that they were at a state of war. If I recall correctly, the British gave him the courtesy to return back to Tanzania (under fire) to inform the rest of the colony about the state of war.
✍️ 管理人: 「抗議するため自分で舟こいで川渡った」の行動力よ。そして帰り道も撃たれてるのに帰れるのがまたシュールすぎる。これはドイツ領東アフリカ(現タンザニア)での話で、実はこのドイツ軍はその後パウル・フォン・レットウ=フォルベック将軍の指揮下で、わずか数千人でイギリス軍30万人以上を4年間も翻弄し続けたんよな。「開戦知らなかったけど結局めちゃくちゃ強かった」っていうオチ。日本でも戊辰戦争のとき、蝦夷地(北海道)の松前藩は本州での戦況を知るのがかなり遅れたって話があって、通信インフラがない時代の戦争あるあるなんやな。
「敬礼はちょっと無理っす、すみません。弾切れなんで」
「いやそれ逆に朗報じゃん、こっちはガチで戦争中だから、そのほうがむしろ助かるわw」
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"hey sorry we can't do a salute, we're outta ammo"
"Oh well that's good news cuz we're actually at war so I think this makes it easier"
✍️ 管理人: この会話のテンポ感、もはや吉本新喜劇やろ。「弾ないです」「いや戦争中なんでむしろラッキーっす」って、漫才の台本にしか見えん。でも実際、もしスペイン側にちゃんと弾薬があって撃ち返してたら、血みどろの戦闘になってた可能性もあるわけで。結果的に、グアム攻略は米西戦争で最も平和的な「戦闘」になったんよな。日本だと無血開城で有名な江戸城(1868年)があるけど、あっちは交渉の末の決断。こっちは単純に「知らなかった」だけっていうのが味わい深い。
ゴールデンレトリバーみたいな感じ
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like a golden retriever
✍️ 管理人: クッソワロタ。確かに敵が砲撃してきてるのに「わーい来客だー!」って尻尾振りながら出迎えに行くのは完全にゴールデンレトリバーの行動原理。Redditだと何かとゴールデンレトリバーに例えるのが定番ネタなんだけど、これほどしっくりくる使い方は珍しいわ。日本のネットだと「柴犬」が万能例えに使われるけど、柴犬は警戒心強いからこの場面には合わないんよな。ゴールデンの無条件の友好性こそがスペイン守備隊そのものという。
当時はあんなに辺境だったのに、今では海底ケーブルの通信ハブになってるって、なんか面白いよね。ハワイと並んで、グアムは東アジアとつなぐ海底ケーブルの陸揚げ地点にちょうど向いてる。いわば、技術の進歩によって地理の重要性まで変わっていくってことかも。
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It's kind of interesting that back then it was so remote, yet today it is a communication hub for undersea cables. Its location is well suited along with Hawaii for the cables to come ashore for hubs to connect to east Asia. It's the changing geography of technological advancement you could say.
✍️ 管理人: これ、ぐう正論。1898年には本国から手紙すら届かなかった島が、今や太平洋の通信の要所っていうのはエモい。実際、グアムには現在10本以上の海底ケーブルが陸揚げされていて、日本〜アメリカ間のインターネット通信の多くがグアム経由で流れてるんよな。日本のネット回線が速いのも、実はグアムのおかげだったりする。ちなみに日本からグアムまで約2,500kmで、飛行機で3時間半くらい。「情報が届かなくて戦争を知らなかった島」が「世界の情報が集まる島」になったって、歴史のロマンを感じるわ。
1812年戦争の初期、イギリス軍がミシリマキナック砦に乗り込んできたとき、駐屯してたアメリカ軍は開戦からもう1か月経ってたことすら知らなかった。完全に不意を突かれたうえに「相手のほうが大軍だろこれ」と思い込み、さらにイギリス側についた先住民に捕まったら何されるかわからんとビビり散らして、一切抵抗せず砦を明け渡した。
で、その重要拠点を確保した直後、今度はフォート・ディアボーン(シカゴ)からアメリカのスループ船2隻がやって来た。こっちも当然まだ開戦を知らない。そこでイギリス軍はアメリカ国旗を掲げて、何も疑ってないアメリカ側はそのまま埠頭に船つないで、見事にそのまま拿捕された。
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When the British rolled up on Fort Michilimackinac in the early stages of the War of 1812 the Americans stationed there were unaware that a state of war had existed for a month. Surprised, assuming they were outnumbered, and terrified of what the Natives allied with the British would do to them, the Americans surrendered the Fort with no contest. Shortly after capturing the strategic fort, two American sloops came up from Fort Dearborn (Chicago). Also unaware of the war, the ships were also captured after the British raised the American flag and the unsuspecting Americans tied up to the pier.
✍️ 管理人: 偽旗作戦で船を釣るイギリス軍、したたかすぎて草。でもこれ1812年の話だから、グアムの件より86年も前なのに同じパターンが繰り返されてるのがヤバい。通信技術が進歩しない限り、辺境の駐屯地が開戦を知らないっていうのは構造的な問題だったんよな。日本だと、日露戦争(1904年)の時点ではもう電信が整備されてて、開戦の一報は各地にすぐ届いたんだけど、それでも樺太の一部では情報伝達が遅れたって記録がある。ちなみにミシリマキナック砦は現在のミシガン州マキナック島にあって、今は観光地として有名。歴史のアイロニーやな。
💭 管理人の感想
いやー、今回の話は「通信手段がなかった時代の戦争あるある」が凝縮されてて最高だったわ。砲撃を祝砲だと思って「ようこそー」って出迎えに行くとか、もはやコントの台本以上のクオリティ。コメント欄でも似たような「開戦を知らなかった」エピソードが次々出てきたけど、ドイツ領タンザニアの話も1812年戦争のミシリマキナック砦の話も、根っこは同じで「辺境の駐屯地に情報が届かない」っていう構造的な問題なんよな。日本だと、幕末〜明治初期に似たような情報伝達の遅れが多発してて、戊辰戦争では「まだ戦争続いてたの?」って状態の藩もあったらしい。それが今やスマホ1台でリアルタイムに世界中のニュースが見れるんだから、技術の進歩ってマジでえぐい。特にグアムが「情報孤立の象徴」から「海底ケーブルの通信ハブ」に変わったっていうのは、歴史のダイナミズムを感じるよな。個人的には、この話で一番印象的だったのは、アメリカ市民のポルトゥサッチさんがアメリカ軍を手伝ったらスペイン総督に「明朝処刑する」って言われたくだり。植民地で生きるってこういうことなんだなって。みんなは「自分が戦争中だと知らなかった」って状況、想像できる?今の時代だとありえないけど、たった130年前はこれが現実だったんよな。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“I can't even imagine what that would feel like”
🔊 読み方: アイ キャント イーヴン イマジン ワット ザット ウッド フィール ライク
🇯🇵 意味: それがどんな気持ちか想像すらできない
💡 自分の経験からはかけ離れた状況に対して共感や驚きを表すときに使う。例:「3年間ネットなしで暮らしたんだって——I can't even imagine what that would feel like」のように、相手の体験に寄り添いつつ驚嘆するニュアンス。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Ich kann mir gar nicht vorstellen, wie sich das anfühlt (イッヒ カン ミア ガー ニヒト フォアシュテレン ヴィー ズィッヒ ダス アンフューlt)
→ 「gar nicht」が英語の「even」に相当し、想像の及ばなさを強調する日常的な表現。
🇫🇷 フランス語: Je n'arrive même pas à imaginer ce que ça fait (ジュ ナリーヴ メム パ ア イマジネ ス ク サ フェ)
→ 「même pas」が「even」のニュアンスを担い、フランス語の会話で驚きや共感を示すときに自然に使われる。
🇰🇷 韓国語: 그게 어떤 기분일지 상상도 안 돼 (クゲ オットン キブニルジ サンサンド アン デ)
→ 「상상도 안 돼」が「想像すらできない」に当たり、友人同士のカジュアルな会話で頻繁に使われる。
🇪🇸 スペイン語: No me puedo ni imaginar cómo se sentiría eso (ノ メ プエド ニ イマヒナール コモ セ センティリーア エソ)
→ 「ni」が「even」に対応し、スペイン語圏で驚きと共感を同時に伝える自然な口語表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


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