【海外の反応】目が見えないのに「見えてる」と言い張る脳の症候群がヤバすぎると話題に

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お前ら、「目が完全に見えなくなってるのに本人は見えてると思い込んでる」っていう脳の病気があるの知ってた?アントン=バビンスキー症候群っていうんだけど、脳が損傷して皮質盲になってるのに「普通に見えてますけど?」って頑として譲らないらしいんよ。しかも周りの風景をめちゃくちゃ詳しく描写したり、家具にぶつかっても「ちょっとつまずいただけ」とか言い訳するんだって。Redditのr/todayilearnedで4000超えのスコアを叩き出してたから、海外ニキたちの反応をまとめたで。

📌 元スレッド情報

サブレディット: r/todayilearned

言語: 🇺🇸 英語

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何度かデスクで半分寝落ちして、あの奇妙な「中途半端な世界」に入ったことがあるんだけど、目は閉じてたのに机の上とか部屋の中を見回せて、全部がすごい細部までクッキリ見えてたんよ。ただ、全部が紫色で、雪が降ってた。でも意識はバッチリハッキリしてて、「うおー、脳がこんなリアルな3D世界を完全再構築して見せてくれるとかヤバすぎだろ」って感心してたわ。

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A couple of times I've fallen half asleep at my desk into that bizzaro "in between" world, and I've had my eyes closed but could look around the desk and the room and see everything in great detail. Only everything was purple, and it was snowing. But I was fully lucid and thinking "how cool is this that my brain can reconstruct an actual 3D world like this and show it to me"

✍️ 管理人: これ「入眠時幻覚」ってやつだわ。寝落ちしかけの時に脳が勝手に映像作り出すやつ。ワイも経験あるけど、部屋がそのまま見えてるのに微妙にありえない要素が混じってるのがマジで不思議なんよな。全部紫で雪降ってるってのが最高に脳のバグ感あるw ちなみに日本だと「金縛り」で似た体験する人が多いけど、海外だと金縛りは「Sleep Paralysis」って呼ばれてて、悪魔が胸の上に座ってるって解釈されることが多いらしい。文化が違うと脳のバグの解釈も変わるの面白いよな。

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で、これの真逆みたいな現象もあるんだよね。脳に損傷を受けて、意識レベルで視覚情報を処理できなくなって、結果的に「見えなくなる」人たち。

でも視覚情報自体は脳の別の部分が勝手に処理し続けてるから、テーブルの上のリンゴを指差してってお願いすると、「見えない」って言う。だって真っ暗にしか見えてないから。でも「適当に当てずっぽうでやってみて」って言うと、意外とピタッとリンゴを指差したりする。リンゴを投げつけたら、よけたりキャッチしようとしたりする。でも「なんでできたの?」って聞くと、「たまたまだよ」って言う。

脳ってマジで意味わからん。草

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Then there is the sort of opposite of this, where people damage their brain in such a way that they don't process their vision on a conscious level and therefore can't "see". But their vision is still being autonomously processed by other parts of the brain, so if you ask them to point to an apple on the table, they say they can't because all they see is black. But if you ask them to guess, they will often point right at the apple. If you throw the apple at them, they will dodge it or try to catch it or block it too. But if you ask them how they knew to do so, they'll say it was a coincidence or that they just twitched.

Brains are fuckin weird.

✍️ 管理人: これ「盲視(ブラインドサイト)」っていう実在の神経学的現象なんよ。意識では「何も見えない」のに、無意識レベルでは視覚情報を処理してるっていうガチでSFみたいな話。日本の脳科学者・茂木健一郎さんもこの現象について解説してて、「意識と無意識の境界」を考える上で超重要な症例らしい。個人的にこれが一番怖いのは、逆に言うと「ワイらが普段意識できてない情報処理がどんだけあるのか」ってことなんよな。脳が勝手にやってることの方が圧倒的に多いって思うとゾワっとする。

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アントン=バビンスキー症候群が哲学的にめちゃくちゃ印象的なのは、意識的な体験が感覚的現実からどれだけ切り離されうるかを垣間見せてくれるところなんだよね。視覚野が損傷してて視覚信号が全く処理されてないのに、患者の脳内ナラティブ機能(世界についての一貫したストーリーを構築する部分)が、ただ……動き続けるんだよ。隙間を勝手に埋めてくる。

これは「病態失認(アノソグノシア)」と関連してて、自分の神経学的な欠陥を認識できないっていうもっと広い症状なんよ。脳卒中で左半身麻痺になった人が、腕が動かないことを否定して「今は動かす気分じゃないから」とか言い出すこともある。

ヤバい示唆は、正常な認知も多分これと同じようなことやってるってこと。誰もが矛盾をうまく誤魔化すナラティブを動かしてるんだよ。ただ普段は、脳が損傷した時みたいな極端なテストはされないだけ。

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what makes anton-babinski so philosophically striking is it's a window into how disconnected conscious experience can be from sensory reality. the visual cortex is damaged, so no visual signals are being processed, but the patient's narrative centers – the parts of the brain that construct a self-consistent story about the world – just… keep going. they fill in the gaps.

it's related to anosognosia, which is the broader inability to recognize your own neurological deficits. people with left-side paralysis after a stroke will sometimes deny they can't move their arm, and when their arm doesn't respond to commands they'll invent reasons. "i don't feel like moving it right now."

the troubling implication is that normal cognition probably does some version of this too. we're all running a narrative that smoothes over inconsistencies. it just usually doesn't get tested as dramatically as it does when the brain is damaged.

✍️ 管理人: ぐう正論ニキ降臨。これマジで哲学的にヤバい話なんよ。「正常な脳も同じことやってる」ってところがゾッとする。日本でも認知バイアスの話題はよく出るけど、確証バイアスとか正常性バイアスとか、結局ワイらの脳も「都合のいいストーリー」を作り続けてるんだよな。ちなみにこのアノソグノシア(病態失認)は認知症の初期症状でも見られて、日本では高齢化社会の中で「本人が自分の症状を認識できない」ケースが介護の大きな課題になってるんよ。脳のナラティブ機能って便利だけど、バグった時がマジで怖い。

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なるほどね。脳は実際には「見て」なくて、視神経から送られてくる信号を解釈してるだけ。そこにゴミデータが流れてきたら、脳は必死にパターンを見つけようとするわけだ。

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Makes sense. The brain doesn't see, it just interprets shit from the optic nerve. If it's spewing garbage, your brain will try to find patterns there.

✍️ 管理人: シンプルだけど本質突いてるコメントだわ。「目が見てるんじゃなくて脳が見てる」ってやつ。日本語でも「百聞は一見にしかず」って言うけど、実はその「一見」すら脳が編集済みの映像なんよな。ちなみに人間の脳って視覚情報の約80%を補完してるって研究もあるし、盲点(視神経が集まる部分で物理的に見えない場所)を普段意識しないのも脳が勝手に周囲の情報で埋めてくれてるから。つまりワイらは常に「脳が作った映画」を見てるようなもんなんよ。個人的にはこれ知った時に「じゃあ幽霊見える人も脳のパターン認識がバグってるだけなのでは」って思った。

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うちの家具もしょっちゅうどこからともなく飛びかかってくるから、その問題で悩んでる人たちの気持ち、ガチでわかるわw

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My furniture also keeps jumping at me outta nowhere so I see where those people with the problem are coming from

✍️ 管理人: オチ担当きたwww 深刻な医学の話の後にこれ持ってくるのがRedditの良いところなんよな。日本のネット掲示板でも真面目なスレに突然ボケかますやつおるけど、文化共通だわこれ。ちなみに「家具に小指ぶつける」のは日本では「小指の角打ち」として国民的あるあるだけど、英語圏では「stubbing your toe」って言って、これもネットミームの定番ネタなんよ。人類、万国共通で家具との戦いに負け続けてるの草。個人的には夜中にトイレ行く時のドア枠が最強の敵だと思ってる。

💭 管理人の感想

いやー、今回のアントン=バビンスキー症候群、マジで脳のバグの極致って感じだったわ。目が見えないのに「見えてる」と言い張って、家具にぶつかっても言い訳するとか、脳の「つじつま合わせ機能」がいかに強力かを思い知らされるよな。特に印象的だったのは「正常な脳も同じことやってる」っていう指摘で、ワイらも日常的に都合のいいナラティブを作って矛盾をスルーしてるって考えるとゾッとする。日本でも「正常性バイアス」って災害時によく問題になるけど、根っこは同じ脳の仕組みなんだろうな。逆パターンの「盲視」も凄くて、見えてないのに無意識でリンゴ避けられるとか、脳の情報処理の複雑さがヤバすぎる。日本の脳科学研究でも近年この手の意識と無意識の境界領域が注目されてて、理化学研究所とかでも活発に研究されてるらしい。結局「見る」ってこと自体が脳の創作活動みたいなもんで、ワイらが見てる世界は脳が編集した映画なんだよな。みんなは自分の脳をどこまで信用してる?「自分の認知は正しい」って思い込んでること自体が、もしかしたら脳のナラティブ機能の産物かもしれないって考えると、哲学的に底なし沼だわ。


※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned

📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜

“fill in the gaps

🔊 読み方: フィル・イン・ザ・ギャップス

🇯🇵 意味: 足りない部分を埋める、欠けた情報を補って理解する

💡 情報や説明が不完全なときに、人や脳が前後関係から不足分を補って理解する場面で使う。会話、文章、記憶、認識の説明で幅広く使える。

🌍 他の言語では?

🇩🇪 ドイツ語: die Lücken füllen (ディ・リュッケン・フュレン)

→ 英語とほぼ同じ構造で、知識や情報の欠落を補う場面で日常的に使われる。

🇫🇷 フランス語: combler les lacunes (コンブレ・レ・ラキュヌ)

→ 学習や説明の文脈で「抜けている部分を埋める」という意味でよく使われる。

🇰🇷 韓国語: 빈틈을 메우다 (ピントゥムル・メウダ)

→ 不足している部分を補うというニュアンスで、会話でも文章でも自然に使える表現。

🇪🇸 スペイン語: llenar los vacíos (ジェナール・ロス・バシオス)

→ 情報や知識の空白を埋めるという意味で、日常会話からビジネスまで幅広く使われる。

コメント

  1. 論破マン より:

    はい論破。「見えている」という自覚が事実の証明にならない典型例だな。脳が欠損情報を補完して一貫した物語を作るなら、本人の“確信”は最も信用しすぎてはいけない証言になる。論理的に考えて、認知の正しさは内省じゃなく外部検証で担保するしかない。ソースは脳科学そのもの。

  2. 煽りカス より:

    「自分は見えてる」って言い張りながら家具に激突してんの、脳の補完機能すごいというより“認知のマジレス兄貴化”で草。おまえらも都合悪い現実だけ見えてないのに「ちゃんと判断してる」とか言ってそうで効くわwww

  3. 定年エンジニア より:

    技術的な観点から言えば、これは「視覚の故障」より脳内モデル更新の故障として見ると分かりやすいです。人間の視覚は入力をそのまま再生するのでなく、不足情報を補完して世界像を作る仕組みですから、後頭葉損傷で入力が絶たれても自己整合的な説明を生成してしまう。数字で見ると、脳は約20Wで膨大な推定処理を回す省エネ装置で、その副作用として誤った確信も起こるのではないでしょうか。

  4. Wiener Journalistin より:

    Aus journalistischer Sicht fällt auf, dass diese Geschichte weit über eine seltene neurologische Diagnose hinausgeht. Das Erschreckende am Anton-Babinski-Syndrom ist ja nicht nur die Blindheit selbst, sondern die Selbstverständlichkeit, mit der das Gehirn fehlende Wirklichkeit durch eine stimmige Erzählung ersetzt. Im Vergleich zur EU-Politik denkt man dabei fast unweigerlich an den Begriff der „Normalitätsillusion“: Auch in Europa sieht man bei Krisen oft, wie Institutionen oder Gesellschaften Warnsignale übergehen, weil das vertraute Narrativ bequemer ist als die unangenehme Wahrheit. Was die österreichische Presse dazu berichtet, erinnert häufig an genau diesen Mechanismus, etwa bei Debatten über Teuerung, Sicherheit oder Klimarisiken, wo man Fakten lange „wegerklärt“, bevor man sie akzeptiert. Gerade deshalb ist der Fall so faszinierend: Er zeigt, dass Wahrnehmung nicht bloß ein Abbild der Welt ist, sondern auch ein redaktioneller Akt des Gehirns. Vielleicht ist das die eigentliche Pointe dieser Nachricht aus Japan und dem internationalen Netz: Nicht nur Kranke füllen Lücken, wir alle tun es. Die Frage ist nur, wie oft wir unsere innere Schlagzeile für die Realität halten.

  5. Lucia MX より:

    Como estudiante de cultura japonesa, esto me parece fascinante y también un poco inquietante. Lo que más me impresiona de Japón es cómo muchas veces se toma un tema científico complejo y se convierte en una oportunidad para reflexionar sobre la vida cotidiana. Este síndrome muestra que el cerebro no solo recibe la realidad, también la interpreta y a veces hasta “llena los vacíos” sin que nos demos cuenta. En México también hablamos mucho de cómo uno puede aferrarse a una idea aunque la realidad diga otra cosa, y eso me hizo pensar en nuestros propios sesgos diarios. Me pareció muy interesante la relación con la ceguera cortical y con la idea de que “ver” no es tan simple como abrir los ojos. Al final, da humildad pensar que nuestra percepción no siempre es tan confiable como creemos.

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