南北戦争最大の激戦・ゲティスバーグの戦いって知ってる?3日間で5万人以上の死傷者を出した米国史上最悪レベルの戦闘なんやけど、民間人の犠牲者はたった一人だけやったらしい。それがジェニー・ウェイドって20歳の女性で、なんとパンを焼いてる最中に流れ弾で即死したっていう壮絶な話。さらにビックリなのが、19年後に上院が「兵士のためにパンを焼いて北軍に貢献した」として母親に年金を認めたっていうオチ付きや。
悲しい話なんやが、銃弾は閉まってた2枚のドアを貫通して彼女の肩に命中、心臓まで達してコルセットの中で止まったらしい。即死やった。彼女が亡くなったときにこねてた生地は、後に母親がパンとして焼き上げて、北軍兵士に配る15斤になったんよ。兵士たちは遺体をキルトで包んで地下室に運ぶか、裏庭にすぐ埋葬したって話。1865年11月に町のドイツ改革派教会に移されて、最終的にリンカーンが「ゲティスバーグ演説」をしたエバーグリーン墓地に改葬された。1900年にジョージアって人の尽力で大きな墓石と常時掲揚のアメリカ国旗が与えられたんやけど、女性を称えて国旗が常に掲げられてる場所はアメリカでも数少ないらしい。ベッツィー・ロスの墓もそのひとつや。
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>Unfortunately, a bullet flew through two closed doors and hit her in the shoulder. It lodged itself in her heart and got trapped in her body by the corset she was wearing. She died instantly. The dough that Jennie was kneading at the time of her death was also later baked into bread by her mother: it made 15 loaves to be distributed to Union soldiers. Union soldiers helped wrap her body in a quilt and either brought her to the cellar or buried her in the backyard immediately. She was moved to the town’s German Reformed Church in November 1865, and her body was eventually moved to Evergreen Cemetery, the site where President Abraham Lincoln delivered the “Gettysburg Address.” In 1900, with tireless efforts from Georgia, Jennie was given a large gravestone and a perpetually raised American flag. It is one of the few sites in the United States with a perpetual raised flag in honor of a woman.
Her grave is one of the few sites in the country where a flag is perpetually raised in dedication to a woman, Betsy Ross's grave is another.
✍️ 管理人: ファー…閉まってる2枚のドア貫通して心臓まで届くって、ミニエー弾のヤバさが伝わってくるわ。ちなみにミニエー弾は1849年にフランス人将校が発明した円錐形の弾丸で、それまでの球状弾と比べて射程と威力が段違いやったんよ。南北戦争で死傷者がバカみたいに増えた要因のひとつとされてる。日本だと幕末の戊辰戦争(1868-69)とほぼ同時期やけど、規模感が全然違うんよな。ベッツィー・ロスは初代アメリカ国旗を縫ったとされる女性で、こっちは半ば伝説扱いやけど、ジェニーと並べられるあたり米国民にとって特別な存在になってるんやろうな。
一方、現代ではどうやら、無意味な保守派の戦争で焼却炉の有害物質にさらされて負傷した兵士や、9.11の被害者に医療保障を認めるだけの良心を議会が持つよう、コメディアンがわざわざ出てきて懇願しなきゃいけないらしい。
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Meanwhile in present day we apparently need comedians to show up to beg for Congress to develop enough of a soul to approve medical coverage for soldiers who were injured from burn pits in pointless conservative wars, or 9-11 victims
✍️ 管理人: これジョン・スチュワートのことやな。「The Daily Show」の元司会者で、9.11救援隊員の医療保障延長法案やバーンピット(軍の焼却炉)被害兵士の支援法案PACT Actのために何年も議会で証言し続けた人や。2019年の議会証言は伝説で、空席だらけの公聴会場でブチギレ演説した動画は今でも語り継がれてる。日本だと水俣病とか薬害エイズの被害者救済も時間かかったけど、9.11の英雄扱いされた人らですらこの扱いってアメリカらしい闇よな。1882年に年金あっさり認めた議会と比べると、現代の方が冷たく見えるのは皮肉や。
人生で何度かゲティスバーグに行って、戦場跡や町を見たことがあるけど、民間人の死者が彼女ひとりだけだったっていうのは、奇跡的でもあり、胸が張り裂けるようでもある。
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Having been to Gettysburg a couple of times in my life and seen the battlefield and the town, the fact she’s the only civilian killed is both miraculous and heartbreaking
✍️ 管理人: それなー。ゲティスバーグの戦いって3日間で南北合わせて約5万1000人の死傷者(戦死だけで約7800人)を出したエグい戦闘やのに、町に住んでた民間人2400人で犠牲者1人ってのは確かに奇跡的や。日本だと沖縄戦の民間人犠牲者が約9万4000人とも言われてて、近代戦の民間人巻き込み率の高さとは対照的やな。ちなみに今のゲティスバーグは国立軍事公園として保存されてて、年間100万人以上が訪れる聖地になっとる。ワイも一度行ってみたいんよな、ピケットの突撃地点に立ってみたい。
民間人の犠牲者がたった1人? それはちょっと信じがたいな。
もし本当なら、民間人にとっての危険度という意味では、戦争が100年以上前の水準まで逆戻りしたことになる。
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Only one civilian casualty? That seems hard to believe.
If so, warfare has gone backwards for a hundred plus years in terms of civilian danger.
✍️ 管理人: ぐう正論やわ。19世紀の戦争は基本的に「軍隊同士が野原で殴り合う」スタイルで、民間人を直接狙うことは少なかったんよ。それが第一次大戦の塹壕戦・無差別爆撃で激変して、第二次大戦では戦死者の半分以上が民間人になったって統計もある。現代のウクライナやガザを見てると、確かに19世紀以下の水準やな。日本の太平洋戦争でも東京大空襲や原爆で民間人犠牲者が圧倒的多数やったし、戦争のあり方が根本的に変わってもうたんよ。
>「1863年7月1日、ゲティスバーグの戦い初日の戦闘中のことだった。戦闘中、マクレラン家には150発以上の銃弾が撃ち込まれた。
>7月3日午前8時ごろ、ウェイドはパン用の生地をこねていた。そのときミニエー弾が姉の家の台所のドアと居間のドアを貫通し、彼女に命中した。弾は左の肩甲骨を貫き、心臓を通って、コルセットの中で止まった。彼女は即死だった。」
時代が違うのは分かるけど、いや何してんの? なんで戦場で家族と居座ってるの? 数日だけでも避難できる場所なんて、どう考えても他にいくらでもあったでしょ。まして戦闘中に兵士が文字通り家の中に駐屯してたならなおさら。
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>"It was July 1, 1863, during the first day's fighting of the Battle of Gettysburg. More than 150 bullets hit the McClellan house during the fighting.
>About 8:00 a.m. on July 3, Wade was kneading dough for bread when a Minié ball traveled through the kitchen door and the parlor door of her sister's house and hit her. It pierced her left shoulder blade, went through her heart, and ended up in her corset. She was killed instantly."
I know times were different, but what the hell? Why are you staying with your family on a battlefield? Gotta imagine there's *anywhere* better they could have relocated for a couple days, especially if troops were stationed literally in their house during the fighting.
✍️ 管理人: これ現代人の感覚やとそう思うよな。でも当時は通信手段が手紙か電報で、戦闘がどこで起きるか直前まで分からんかったんよ。ゲティスバーグの戦いも、実は両軍が偶然鉢合わせして始まった「遭遇戦」やった(リー将軍は元々ハリスバーグを狙ってた)。ジェニーの姉が出産直後で動けなかった事情もあるし、家には子供もおって簡単に避難できる状況ちゃうかったんや。日本でも戊辰戦争のとき会津若松城下の住民が逃げ遅れて巻き込まれた話があるし、近代以前の戦争では民間人の判断ミスというより情報不足が致命的やったんよな。
コルセットで弾が止まったって、なんか皮肉やな。普段は息苦しさで女性を苦しめてた装具が、最後に弾を受け止めるっていう。
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✍️ 管理人: 確かに皮肉やわ。19世紀のコルセットってクジラのヒゲ(鯨ひげ)や金属の支柱が入っててガチガチに硬かったんよ。実際、コルセットが銃弾を止めた事例は他にもいくつか記録されてて、半ば防弾チョッキ的に機能することがあったらしい。日本だと和装に防御機能はほぼないけど、武士の鎖帷子(くさりかたびら)とか胴丸が似た役割やったかな。とはいえ心臓まで弾が達してる時点でアウトやから、コルセットも限界はあったんやろうけどな…。
1882年の上院、ちゃんと仕事してて偉い。19年越しでも遺族に年金認めるって、なかなかええ話やん。
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✍️ 管理人: ほんまそれな。1882年の上院って共和党が多数派で、南北戦争の北軍兵士やその遺族への年金拡充に積極的やった時期なんよ。当時の年金は連邦予算の25%を占めるまでに膨らんで、後に汚職の温床にもなったんやけど、ジェニーのケースはちゃんと筋が通った認定や。日本だと軍人恩給制度が1875年(明治8年)に始まって、戦死者遺族にも支給されてたけど、民間協力者まで認定するのはレアやったから、アメリカの方が柔軟やな。
「パンを焼いて貢献した」って認定理由、シンプルで美しいわ。後方支援も立派な戦争協力やもんな。
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✍️ 管理人: わかってる。実際、軍隊にとって食糧供給はガチで死活問題で、ナポレオンも「軍隊は胃袋で動く」って言うてたくらいや。ゲティスバーグでは北軍9万人vs南軍7万5000人がぶつかったんやけど、これだけの人数に食わせるのは超大変。地元住民のパン提供は戦力維持に直結してたんよ。日本だと「銃後の守り」って言葉があって、戦時中の女性の家事労働も戦争協力とされたけど、ジェニーみたいに個別に年金認定されるケースは聞いたことないな。
リンカーンのゲティスバーグ演説の場所に最終的に埋葬されたの、めっちゃ象徴的やん。
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✍️ 管理人: それ。エバーグリーン墓地は1854年に作られた市営墓地で、隣接する国立墓地でリンカーンが1863年11月19日に有名な「人民の、人民による、人民のための政治」演説をやったんよ。たった272語の短いスピーチやけど、アメリカ史上最高の演説とされてる。ジェニーの墓がそこにあるって、文字通り「ゲティスバーグの記憶」の中心にいるってことやな。日本だと靖国神社が似た役割やけど、政治的にこじれてるのと違って、エバーグリーンは純粋に追悼の場として機能してる印象や。
コルセットの中で弾が止まった話、地味にホラーなんやが…即死で良かったとはいえ。
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✍️ 管理人: ファー、ワイも想像してゾッとしたわ。ミニエー弾は直径15mmくらいで重さ30グラム前後、命中すると鉛が変形して内臓をぐちゃぐちゃにする。南北戦争で四肢切断手術が爆発的に増えたのもこの弾のせいやと言われてる。日本の幕末でも官軍がミニエー銃使ってて、白虎隊や新選組もこれにやられた隊士がおったはず。即死やったのは本人にとっては救いやったかもな…痛みを感じる間もなく逝けたわけやし。
ジョージアって人が1900年に墓石と国旗用意したらしいけど、この人誰や? ジェニーの友達か親戚?
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✍️ 管理人: 気になって調べたんやけど、これおそらく地元のGAR(共和国大陸軍)っていう北軍退役軍人会のメンバーか、地元の女性団体の人やと思われる。19世紀末から20世紀初頭にかけて、こういう市民活動家が南北戦争の記憶を保存する運動を熱心にやってたんよ。日本だと靖国神社や護国神社の遺族会みたいなもんで、戦争の記憶を風化させないための地道な活動や。こういう個人の尽力でジェニーの物語が今も残ってるって考えると、歴史って人の善意で繋がれていくもんやなぁ。
戦場跡が観光地になってるの、ヨーロッパでもよくあるけど、ゲティスバーグはアメリカで一番有名な戦場ツアーやな。
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✍️ 管理人: そうそう、ゲティスバーグ国立軍事公園は年間100万人以上が訪れる人気スポットで、現役のガイドさんが当時の戦況を詳しく解説してくれるツアーがある。さらに南部のヴィクスバーグやアンティータム、北部のシャイローとか、南北戦争の主要戦場はだいたい国立公園化されとる。日本だと関ヶ原古戦場や長篠古戦場が似た位置づけやけど、規模感とインフラ整備度合いが全然違うんよ。アメリカは「自国の歴史」として徹底的に保存・観光化する文化があるんやろうな。
結局、議会が認めるまで19年もかかったのは長すぎる気もするけど、当時の郵便スピード考えたら頑張った方なんか?
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✍️ 管理人: 草、確かに当時の事務処理速度考えたら19年は意外と普通かも。南北戦争の年金申請って書類審査めっちゃ厳しくて、何度も差し戻されるのが常やったんよ。1862年に年金法が制定されて、1890年の従属年金法でようやく対象が大幅拡大された経緯がある。日本の戦没者遺族年金も戦後一旦廃止されて1953年に復活と、こういう制度って政治情勢に左右されがちなんよな。ジェニーの母親も諦めずに申請し続けたんやろうし、その粘り強さあってこそや。
ジェニー、天国で「私のパンで戦争に貢献ってマジ?!」って絶対驚いてるやろwww
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✍️ 管理人: ファーwww 確かにこれ本人が知ったら困惑するやろなぁ。「ただパン焼いてただけなんやけど…」って言いながらも、年金が母親に渡るって聞いたらきっと喜んだと思うわ。19世紀の女性って労働の対価を社会的に認められること自体が珍しかったから、間接的とはいえ国家から「貢献」と認定されたのはある意味画期的や。日本でも「内助の功」って概念はあるけど、それが正式に年金になることはなかったし、ジェニーの物語は当時の女性史的にも結構特異な位置にあるんよな。さて、みんなはどう思う?
💭 管理人の感想
ゲティスバーグの戦い、3日間で5万人以上の死傷者を出した米国史上最悪レベルの激戦やのに、民間人犠牲者がジェニー・ウェイドただ一人っていうのは奇跡と悲劇が同居した話やったな。閉まった2枚のドアを貫通したミニエー弾が心臓に当たって即死、しかも持ってた生地が母親の手で15斤のパンになって北軍兵士に配られたってエピソードが切なすぎる。19年後に上院が「パンを焼いて貢献した」として母親に年金を認めたのも、当時のアメリカの議会が持ってた良心が伺えるエエ話や。日本の戊辰戦争(ほぼ同時期)と比べても規模も制度も全然違って、軍人恩給はあっても民間協力者への認定はレアやったから、アメリカの柔軟さが際立つよな。ベッツィー・ロスと並んで「女性を称えて常時国旗が掲げられる」墓地ってのも、彼女が単なる犠牲者じゃなく「象徴」として扱われてる証拠や。現代のアメリカ議会が9.11被害者やバーンピット被害兵士の保障渋ってる現状と対比されてたコメントも刺さるよな…制度って時代によって冷たくも温かくもなるもんやと考えさせられた。みんなは戦争で「貢献」って何やと思う?戦地で銃を握ることだけが貢献ちゃうって、ジェニーの物語が教えてくれた気がするわ。
📖 この記事のチャンク〜英語フレーズを覚えよう〜
“That seems hard to believe.”
🔊 読み方: ザット シームズ ハード トゥ ビリーヴ
🇯🇵 意味: それはちょっと信じがたいね。
💡 相手の話や情報に対して、疑わしさや驚きを丁寧に表現したいときに使う。例えば「彼が一人で全部やったって?That seems hard to believe.」のように、真偽を疑いつつ角を立てずに返す場面で便利。
🌍 他の言語では?
🇩🇪 ドイツ語: Das kann ich kaum glauben. (ダス カン イッヒ カオム グラオベン)
→ 「とても信じられない」というニュアンスで、驚きや軽い疑念を込めて使うカジュアルな表現。
🇫🇷 フランス語: J'ai du mal à y croire. (ジェ デュ マル ア イ クロワール)
→ 「信じるのに苦労する」が直訳で、疑わしい話を聞いたときの自然な反応として日常的に使われる。
🇰🇷 韓国語: 믿기 힘드네요. (ミッキ ヒムドゥネヨ)
→ 「信じがたいですね」という意味で、驚きや疑いを柔らかく伝えたいときに使う丁寧目の表現。
🇪🇸 スペイン語: Cuesta creerlo. (クエスタ クレエルロ)
→ 「信じるのが大変だ」というニュアンスで、信じがたい話を聞いたときに広く使われる自然な口語表現。
※翻訳は意訳を含みます。正確な表現は原文リンクからご確認ください。
※引用元: r/todayilearned


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